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資源のリサイクル

先日、もう少しリサイクル行政を改善してほしいと書きました。
ゴミはゴミでも資源を含むゴミは多くあります。
資源にならないゴミでも燃やせばエネルギになります。

そこで、ゴミのリサイクルについて調べてみました。
残念ながらリサイクルプロセスの詳細を含む情報は見つかりませんでした。
一応、粗大ごみは、破砕して資源回収しているらしいこと、燃えないゴミは、リサイクルするものと埋め立て処分するものがあるらしいことは分かりました。
処理プロセスは、日々改善されているので、規格化は難しいでしょうが、種類の多い資源を含むゴミの処理プロセスについては、もっと詳細な情報を提供してほしいと思います。

リサイクルプロセスを知れば、現在のゴミの分別の問題点も見えてくるでしょう。
いまは、概ね、可燃、不燃、資源、粗大の分類が多いように思います。
しかし、本当にそういう分類で良いのか疑問です。
可燃と不燃に完全に分けてしまうのは困難で、例えば不燃ごみの中にも燃える部分は多くあります。
可燃ゴミの中に不燃物が混じった場合、不燃物の融点より高音で燃やせば炉にとってよくないことが起こりそうです。
しかし、ダイオキシンなどの毒物を発生させないためには、中途半端な温度で燃やすことはできません。
ゴミの焼却にも制御が必要です。
そういうことを分かっていれば、不燃ごみなども分解して出すほうがいいのか、またはそのまま出すほうがいいのか想像が付きます。
たぶん、地方自治体のゴミ収集の担当者はそういうプロセスに詳しいわけではないのでしょうね。

その後、PCケースは、中身を全部出し、外装のプラスチックも全部外して、仲が見える状態にし、スチールとしてくず鉄処理できる状態にした後、文京区に電話して粗大ごみとして回収可能かどうか聞いてみました。
資源リサイクル法ができる前の自作パソコンケースで、中は空っぽであり、外から内部が見える鉄の箱になっているということを説明したら収集してもらえることになったので、鉄くず粗大ごみとしてリサイクルにまわしてもらえると思います。
とりあえずホッとしました。


# by mcap-cr | 2020-01-20 05:32 | その他 | Trackback | Comments(0)

Stereo誌自作オーディオコンテストに行ってきました

昨日は、音楽之友社のStereo誌自作オーディオコンテストの発表があったので聴きに行きました。
毎年開催されるこのコンテストには、全国から参加者が集まるので、その後の飲み会でいろいろな方々とお話ができます。
今年は、加藤さんのOlympiaが、最難関である『Stereo賞』を受賞しました!
おめでとうございます。

今年はコンテストの読者による読者賞があります。
コンクールの聴衆賞のようなものでしょうか。
加藤さんが一位になるか、楽しみにしています。

肝心のコンテストの自作作品については、私自身がさほど工作に興味が無くなったのと、マークオーディオのスピーカーユニットが自分の好みと対極にあるので、聴き続けるのはちょっと辛いところがあり、寛いでいました。
聞き所は、低音部の音程がうまく再生できているかという一点に絞っています。
『MF519を使った』という課題のため、ユニットのほうを変える訳にはいかないので、箱のほうはもっぱら低音が中心になります。
加藤さんのOlymipiaは、ご本人がジャズ耳を駆使してベースの再生に特に気を使っているだけあって、ベースの音程が見事で、また、紙という素材やオリンピックロゴの形状という奇をてらった感じとは違う本格サウンドが飛び出したので、マークオーディオの社長さんが身を乗り出してしまったそうです(私は見ていませんでしたが)。

コンテストのほうは、これくらいにして、思うところについて書きたいと思います。
月間Stereoは、音楽の友社の雑誌の中では好調だそうです。
ただ、販売部数を伺うと、Fostexの部品からつくるユニットを付録にした頃から見て部数は上がっていないようです。
最近は、雑誌はそのまま、従来付録にしていたスピーカーユニットはムックという販売形態に変えたので、実質は上がっているのかもしれませんが。
ということは、大黒柱である『音楽の友』の販売が低調なのかもしれません。
私は、雑誌は全く買っておらず、立ち読みさえしないので、内容はよく分かりません。
でも、オーディオよりも音楽のほうが重要と思っているので、今度は、音楽の友を読んでみようかと考えました。
音楽の友社にしても、全体で売上が上がるような工夫をするほうが良さそうです。

ちょっと嬉しかったのは、ヴァイオリンの奥村愛さんと、クロマチックハーモニカの山下伶さんの短いライブがあったことです。
お二人は、音楽の友社と関係が深いようなので、協力してくださったのでしょう。
奥村さんは、津軽じょんがら節をヴァイオリンのソロで演奏してくれました。
聴くほどに素晴らしいと、つい感心してしまいました。
三味線のバチバチを、代りに弓で擦るヴァイオリンで表現する、そして、本質をそのままに別な味を加える、というのはさすがだと思いました。
音響的には、それほど収容人数の大きくない音楽の友ホールでは、驚くほどの大音量でした。
山下さんのハーモニカは、音量が小さな楽器なので、マイクロホンを添えてPAを使います。
クラシック音楽の枠からは外れて商業音楽の領域で勝負なのでしょう。
開場では、お二人のCDを販売していたので、まず、奥村愛さんのCDを購入しました。
山下伶さんのCDは、売り切れるだろうと想定し、購入は遠慮していましたが、つぎの休憩のときにも山下さんがいらしたので、購入してしまいました。

そして昨日購入したCDを聴きながら、音楽家受難の時代を感じてしまいました。
奥村さんは、昨日は、クラシック音楽の領域でじょんがら節を演奏されていましたが、購入したものは、The Stellar Nights Grand Orchestraになっており、ソロ部分はありません(あったのかな?)。
ポップスオーケストラで、おそらく得意であろう、芸術音楽の分野ではなく、商業分野の作品になっていました。
どちらも大切なのですが、芸術音楽に特化してもやっていけるのは特別な運が重なったひとだけなのでしょう。
山下さんの"Dear Darling"は、想定通りポップス系、ジャズ系の作品で、山下さんは、完全にこちらの分野で勝負、迷いがないのでしょう。

こういう音楽のCDは持っていなかったので、ライブラリーが増えました。
リラックスしながら聴くにはとてもいいです。

肝心のメインの飲み会は?
いろいろな話ができて楽しみました。
こういう機会を提供してくれる音楽の友社に感謝。



# by mcap-cr | 2020-01-19 10:08 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(2)

上野deクラシック-原裕子とジェイコブ・ケラーマン

今日は、Stereo誌の自作コンテスト表彰式ですね。
私は、そんなに興味がある訳ではないのですが、その後の飲み会が楽しみです...

昨晩は、東京文化会館小ホールまで、原裕子さんのヴィオラとジェイコブ・ケラーマンのギターによるコンサートに行きましした。
原裕子さんは、第5回東京音楽コンクールの弦楽部門で二位を獲得しています。
入賞者に対しては、主催者が、コンサートの機会を提供してくれるので、その一環のイベントです。
昨年の東京音楽コンクールがもう第17回だったので、12年も前の入賞者です。
プロファイルを拝見すると、現在は、ヨーロッパを活動拠点にして活躍されているようです。

ヴィオラといえば、忘れられないのが、一昨年の弦楽部門の有冨萌々子さんです(二次予選の記事)。
有冨さんが、ヴィオラの凄さを聞かせてくれてから、ヴィオラに注目するようになりました。
ヴィオラはオーケストラの中では地味な存在で、音域が他の楽器と被るので、全体が鳴っている中でヴィオラ部分だけ抽出して聴くことはなかなかできません。
しかし、単独演奏や小編成となると別で、その魅力を聞かせてくれる楽器です。

曲目は、前半が、ペルト作曲のフラトレスから。
弓の先端部分を使った高音の繰り返し連続音から始まります。
擦弦楽器の場合、弓の先端部分を使うのと、中間部分を使うのとでは、音が結構違います。
胴の共鳴音に対しては、違わないものでも、元となる擦過音が違うとかなり違って聞こえます。
それと、フラジオレットを多用した表現になっています。
フラジオレットは、左手の指をしっかり抑えずに軽く触るようにして、弦の共振をコントロールするものですが、これって教わる初期の段階で苦しんだりする技巧のひとつです。
かすかに触るのと安定して維持する、しかも右手を安定して動かす...
才能のない子どもたちは、このあたりで苦労したりします。

二曲目の、ブリテン作曲(ケラーマン編曲)のラクリメ〜ダウランドの投影、は更に技巧的に難しくなっていて、ダブルフラジオレットを多用しています。
ダブルフラジオレットは、パガニーニが編み出した技法らしく、二弦同時にフラジオレットで鳴らします。
単弦のフラジオレットでさえ難しいので、才能溢れない人が使うことはない奏法でしょう。
前半の二曲は、ちょっと現代音楽っぽくて難しい感じがしました。

ギターのケラーマンさんは、話すことはなかったのですが、原さんが調弦中に少し解説してくれました。
ピアノは高価なので、資金的にゆとりのない作曲家はピアノの代りにギターを使うそうです。
しかし、曲によっては調弦を少しずらして演奏可能にするなど、難しい技法があるものですね。

ギターは音量の小さい楽器なので、どう聞こえるか気になっていましたが、小さなPAを控えめに使っていました。
PAの音が良かったので、不自然さは全然感じませんでした。
クラシックギターの音は、ちょっとほっとするところがあり、優しい音色にほっとしますね。

後半は、シューベルト作曲ケラーマン編曲のアルペジオーネ・ソナタです。
ふつうの名曲になってちょっとほっとしました。
私の席からはケラーマンさんは見にくかったのですが、原さんはほぼ正面から見えました。
原さんは、藝大で有冨さんの先輩にあたります。
有冨さんとは演奏スタイルが違っていて、音楽に対してはグリグリと遠慮なく詰めていく感じです。
激しい表現が多く、座位でも体を大きく動かす演奏スタイルです。
ときには、つま先が上を向いてしまうことがあり、脚が攣ったら大変だと心配してしまいましたが、普段から鍛錬している方にはそういう心配は無用なのでしょう。
立位で演奏するほうが良かったように見えましたが、ギターと同等の高さを保持したかったのかもしれません。
演奏する様は大演奏家のように見えました。
ヴィオラは、こういうスタイルでも素晴らしいし、有冨さんのように徹底して響かせる、聴かせる、というスタイルも素晴らしいと思います。
東京音楽コンクールが原さんのプロとしての出発点になったのかわかりませんが、私が聴いてきた方たちもこうして自分のスタイルに磨きをかけて、国内外で活躍されることを期待しています。

ところで、このヴィオラという楽器の名前が気になったので調べてみました。

violaは、イタリア語では女性名詞
ヴァイオリンは、イタリア語で、violinoです。
男性名詞ですが、viola(女)のちびっこ(男)という感じの言葉でしょうか。
チェロは同じくイタリア語で、violoncello(男性名詞)。
コントラバスは、同じくイタリア語でcontrabbasso(男性名詞)。
violaだけ女性名詞です。
でもviolinoは、子供っぽい感じの男性名詞なので、母子という感じなのかもしれません。
子供ほどピーピーしていないしっとりと優しい感じというのがヴィオラなのでしょうか?
どうでもいいことですが考えてしまいました。


# by mcap-cr | 2020-01-18 09:27 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

関係が破綻する

終わった話を蒸し返す...
これって個人間でやったら間違いなく破滅に導かれます。
一度くらいはいいかもしれませんが、これを繰り返しされると大抵の人はブチ切れてしまいます。
そりゃあ終わったことをああだこうだ云われたらいつまでも終わりませんからね。

しかし、国家レベルでは簡単には戦争にならないようです。
K国では、徴用工問題がどうのこうのと未だにやっていますが、元をたどれば徴用に応募した工員に対する給与が敗戦の混乱で支払えなかった例があるという問題です。
これに対しては、1965年の協定で、K国政府に対して支払うことで合意したものなので、問題の債務者はK国政府になっています。
こういう事情に対しては、日本政府は関与する立場にないので、無視しているだけですが、日本のマスコミも抱き込んでやたらと印象操作しようとしています。
もし少しでも日本政府が応じれば、『協定を破ったのは日本だ。だから協定は無効だ。』といって永遠にたかり続けるつもりなのでしょうが、しつこいにもほどがあるし、これ以上みっともないというのもありません。
K国には、みっともない、とか、恥ずかしい、という文化はないのでしょうか?
日本のマスコミも特定野党もみっともないことは数限りなくやっていますが、ブーメランになってもまったく効いているふうがありません。
どれだけ汚い手を使おうが、相手が自分のルールの中で負けとなれば勝ちって、一体何なんでしょうか?
K国と日本のマスコミは同じ文化なのでしょうね。

こういう失敗をしてきたのって、1965年以降何度あるのでしょう?
その都度同じ失敗に気付かないできたのが、インターネットで情報を共有されるようになってやっと一部の人に知られるようになっただけです。

日本政府には、早期に制裁を課してトドメを刺してほしいと思います。
あちらのルールでは、反撃すれば、同意していないという証拠になるのですから。
また、絶対に、少しだけなら...という甘い顔をしてはいけません。
同じことの繰り返しになるだけです。
この辺は、K国の扱いに慣れている、ちーなに学ばなければなりませんね。

そういえば、先日、半導体材料のK国内での生産技術が確立されたというニュースがありました。
何度目でしょうか?
できるならとっくにやっていたはずで、いまさら急に始めても半導体製品の供給能力が台湾や米国に完全に置き換えられるのには間に合わないでしょう。
こういうのもプロセスがあってはじめて成立するものです。
半導体の組立だけやっていてもダメで、それぞれの工程の管理基準を熟知して、何をやったら失敗するのかを理解していないとダメです。
ふつうは主要な薬剤を変更するには慎重になります。
機械部品のように材質、機械的・化学的性質、寸法、形状、誤差などで数値化されるものは、比較的簡単に置き換えが可能ですが、純度の違う薬剤などは、プロセスによってその効果が違います。

よくあることなのですが、知らなければ知らないほど知っている気になります。
そして知ってくると自分の無知に気付きます。
ですから、歳を負うごとに自分の無知が恥ずかしくなりますが、同時に、諦めの気持ちも出てきます。
K国は、工業の歴史が短いので、まだ初期の段階なのでしょう。

失敗は成功の元というように、失敗を重ねることで工業生産の技術が上がっていきます。
いまは、K国は、技術を上げる初期段階なのでしょうが、諦めて止めてしまわなければいいと思います。

勝った・負けた、ではなく、嘘やインチキを恥じないことがいちばん恥ずかしいんですよね。


# by mcap-cr | 2020-01-17 05:48 | 韓流 | Trackback | Comments(2)

偏狭マニアはオーディオ趣味を衰退させる

偏狭マニアはオーディオ趣味を衰退させる_a0246407_12304124.png
またブログランキングが一位になっていました。
エキサイトブログには、よくあるバグですが、前日の順位との落差が大きいです。
このブログのサーバーは、処理能力が足りないのでしょうか?
まあいいですけど...

オーディオは、もはや趣味としては落ちぶれ、オーディオの趣味用機器を扱う家電メーカーも僅かしか残らなくなりました。

そんなオーディオ趣味が衰退した理由の大きなものが偏狭マニアの存在ではないかと思います。
楽しみ方は人それぞれ。
機器に費やす人もいれば、つくることに喜びを感じる人もいます。
聴くことに喜びを感じる人が多ければ理想ですが、必ずしもそうでなかったりします。

先日、ヤフーの知恵袋というコーナーにオーディオマニアの典型的な投稿を見付けたので、思うところを書いてみたいと思います。

サイトへのリンク
D非公開さん

2020/1/1410:06:45

よくオーディオの音質の話題になると

コンサートのには負けると聞きますが本当でしょうか。
クラシックコンサートにも行きますし
外タレのコンサートも良く行きます。
ロッキンとかの野外も行きますが
はっきりいって部屋で聞く音の方が良いです。
コンサートの現場の臨場感と大音量が有利なだけで
雑踏による音の濁りとかで音質が云々いえるような状況で無いですよ。
何万もする席でのクラシックコンサートにしても誰かの咳払いは必ずあるし

デジタルICレコーダーでコンサート現場と自宅オーディオセット録音し比較たら一目瞭然です。
それを何故音質はコンサートが一番と言われる人ばかりなのでしょ?

回答例

(1)
私は、
いかの刺身は美味しいけど、するめも美味しい
みかんは好きで缶詰のみかんも好き
です。
生演奏、ホール音響のよさもある
スタジオセッション、スタジオ録音のよさもある
でいい、と思っています。
両方楽しめるのが、しあわせ ^_^

(2)
どちらか優れているか決めないと死んでしまう恐ろしい病気です。
お大事に。

(3)
何処から得た知識ですか?
録音用は別回路で録音するので、音質は一番いい録音品質です。
コンサートへ行くのは雰囲気を楽しむためです。

(4)
内容が比較する対象ではないということです
生歌と録音の音質を比較するようなものです

どちらが良いと言ったら、生歌を目の前で聴いたほうが
良いでしょうね それは比較の問題じゃないのですよ
生歌は生歌、録音は録音なのです どちらが良いとかの問題じゃないのですよ

ギターをご自分で演奏するのと、録音を聴くのとどちらが良いとかと
言ってるようなものです なんでも比較すれば良いわけじゃないのですよ
どっちでも良いじゃないですか 好きなほうで良いのですよ。

ごもっともな回答が多いのですが、質問者が見苦しい。
一般人がオーディオをこき下ろす為によくここで投稿されておりまず。
コンサートの音を生音とかいう人まで居ます。
PA通じて無いコンサートやライブなど無いと思います。
あるとしたら芝居の舞台です。
そこでも演奏はテープで会場のPAで流されまね。
マイクを通さないクラシックコンサートも計算書された反響の残響音ですがスイートスポットは大変小さく
多くの席はバランスの悪い音になってますよね。

---
てか、コンサート行った事無いのちゃいますか?
その生音のコンサートの名前教えて下さい。


確かに、こういう質問者の人を見たら大抵の人が引いてしまうでしょう。

質問の形をとっていますが、自分の気に入る回答以外は非難して言論を封じようとする。
どこかで見た人たちと同じですね。

質問者には、自分のオーディオ趣味が最高である、と人から称賛されなければ気がすまないのでしょう。
質問者の書いている中で、アレな部分を書きます。


一般人がオーディオをこき下ろす為によくここで投稿されておりまず。
この方は、自分を特権階級だと思っているようです。
自分の意見は言論の自由だが、反対意見は認めない。
ふつうの人にオーディオマニアが見下されてしまう原因をつくっているのがこのような人であることを認識できていません。
コンサートの音を生音とかいう人まで居ます。
PA通じて無いコンサートやライブなど無いと思います。

私もPAは嫌いですが、PAを含め、生音でしょう。
そもそも、クラシック系でPAを使うことは稀でしょう。

マイクを通さないクラシックコンサートも計算書された反響の残響音ですがスイートスポットは大変小さく多くの席はバランスの悪い音になってますよね。
席が違えば音は違いますが、音の違いは席だけでなく、聴衆の入りや、服装など様々な要因で変わります。
どの席で聴いてもそれが生音なんですけどね。
この人がスィートスポットと云っているのは、オーディオ再生をベストポジションで聴くことを基準にしているのでしょう。
しかし、オーディオで軸上を外すのと、コンサートホールで軸上を外すのは大違いです。
楽器には、再生音に方向性がないものが多いので、多少中央から外れようがオーディオ装置のように極端には変わりません。
CDなどの音源は、そもそもライブ録音を除くと、再生して聴くのに最適化して収録してあるわけで、コンサートホールの音響とは全く違うものです。
良し悪しで比較する対象ではありません。
まあ、どれもS席ばかりというのは私も好きではありませんが。

また、回答者に対して、

てか、コンサート行った事無いのちゃいますか?
なんて、喧嘩を売っていますが、この人こそろくな経験がないのでしょう。

自分から喧嘩をふっかけておいて正論は妄言として拒否する手法、どこかで見たことあるなあ...
最後は捨て台詞で印象だけは操作する...(まともな人は印象操作されないが)

これではオーディオ趣味が浮かばれません。
オーディオ趣味が一般の人に受け入れられるようにならないと復興はありえません。
この例に挙げた質問者は、偏狭マニア以外を『一般人』とか呼んでバカにしているので、一般人は、仲間にしたくないのでしょうけどね。
好きな音楽を聴く趣味の手段として、オーディオ趣味が復興してほしいと思います。

# by mcap-cr | 2020-01-16 06:07 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(2)

音楽は生演奏が最高ですが、レコード音楽は、工学オーディオによってリーゾナブルなコストで楽しみましょう。


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