2018年 05月 10日
兵馬俑
民放だったと思います。
番組では、いかに、皇帝の権力が強大で、武器の機能が優れていて...という解説をしていました。
で、いちばん記憶に残ったのは、職人を法治主義で縛り付けていて...という部分です。
んんんんん...
この番組は、近代の法治主義を否定しているのか!!!
このセリフを読んでいるアナウンサーは、本当に法治主義の意味を理解しているのか?
その番組によると、製作した作品には、職人の署名を入れていて、腕の悪い職人には罰則を与えられたそうです。
無能は罪である、というのは、ある意味正しいかもしれません。
このままでは誤解を与えるので、正しく書くと、自らの意思によって無能となった者は、裁かれるべきでしょう。
こういうのは、例えば、飲酒によって前後不覚となり判断能力を有しないで行った犯罪行為の責任を判断する場合に、自分がそうなることを認識していて飲酒によって判断能力を失った場合には、故意として責任を問うという考え方と同じです。
簡単に言えばサボりは罪である、と私は考えます。
サボりを罪だとする法律を作ろうとしても、実際には、罪とするサボりを定義する(構成要件を明示する)のは難しいし、検察側がサボりを実証するのは簡単ではないでしょう。
そういう意味で、兵馬俑の時代には法律があったとしても、恣意的に運用していたであろうし、そもそも、法律そのものも、恣意的にまとめてあったため、上述の番組で説明するような結果になったのだろうと想像します。
最近でも、民主党が政権をとったときには、法律を無視して大臣通達で好きなようにやっていたし、官庁に議事録の作成を義務付けていながら、都合が悪くなるとメモまで含めて破棄させるなど、まったく法律を無視していました。
自称民主主義のマスコミはこういうのを無視していますが...
法治主義とは、為政者が好き勝手に不利益な処分を課したり、粛清したりできないようにするために、すべては事前に法律で定めておくという手法で、民主主義そのものといえます。
しかし、上記の民主党(今は、自民党以外の『民主』が付く政党)が、政権を取れば、法律を無視して好き放題やることが実証されてしまったので、法治主義を忌々しく思う層というのは一定数いるのでしょう。
実際に革命でそういう世の中になったら、証拠隠滅のために真っ先に粛清されるのはそういう奴らなのでしょうが。
歴史番組を使って、いかにも法治主義そのものに問題があるかのような印象を誘導する番組の作り方を見て、テレビ局の印象操作もここまでいったか、と妙に関心してしまいました。

