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断捨離は常時実施する

最近は、実家の片付けにいくことが多くなりました。
とはいっても基本的には
『片付ける』=『捨てる』
ということです。

ゴミ収集の都合に合わせるので、すぐには捨てられませんが、準備をしておかないと、収集日に一気に捨てることができません。
まだまだ使えるものが多いですが、墓場に持っていくこともできないので、あまり考えてはいけません。
ゴミとは言えないようなものもゴミとして処分しなければならないので、胸が痛みますがそうしていると作業が全く進みません。

ゴミは分別しなければならないので、先日は、まず、可燃ごみとして収集してもらえるものを袋詰し、収集日にゴミ置き場に持っていきました。
45リットルの袋が殆どでと30リットルが交じるという感じでしたが、これが22個ありました。
運ぶだけでもかなりくたびれました。
住んでいればそうでもないのですが、そのために、4時過ぎに起きて(とは云っても毎朝その時間に起きていますが)電車を乗り継ぎ、長い距離を歩き、着いたら収集場所まで運び出す、とそういう作業になります。
これだけ捨てても、見えるところは全然変わっていないので、達成感はありません。

次は、母親の通院の日が不燃ごみの収集日なので、まず調理器具を袋詰めしました。
不燃ごみは20リットルサイズと10リットルサイズでこちらも10袋ちょっとできました。
不燃ごみはカラスにつつかれる心配がなく、駐車スペースに仮置しておいたので次は少し楽でしょう。

調理器具は、まだ真新しいようなのもありました。
中年くらいまでは、盛んに料理もしたのでしょう。
でも、ちょっと考えてしまいました。
たとえば、揚げ物とか、自分の台所で調理する必要があるのでしょうか?
揚げ物は、外食でも惣菜でもいただくことができます。
揚げ物をするために調理器具が必要だし、台所も汚れるし、火災の危険性も増します。
それでも、家庭で揚げ物を調理しなければならないのでしょうか?
自分が調理が趣味で、家族を含めた他人に振舞うことが趣味であればそれも良いでしょう。
しかし、自分が食べるために揚げ物をするのは自分はちょっと遠慮します。
学生時代を思い起こしてみると、ガス台1個を設置できる小さな台所があっただけでしたが、鍋一個で米を炊き、炒めものをして食事を済ませていました。
足りなければ同じ鍋で順番に次の料理を作る。
一人だったらそれで十分でした。
家庭だったらもうちょっと華やかでもいいですが、それでも鍋が何個必要か考えてみると、さほどの数は必要なさそうです。
もうひとつ考えておかなければならないのは、見えるところに収納するほうがいいということでしょう。
見えるところにあれば、不要だと判断するのも容易です。
隠れていると、使わずに終わることもあります。

まだ体が不自由なく動くうちはいろいろあってもいいようですが、そういううちに断捨離しておかないと後が大変です。

やっぱり、断捨離は、常時実施するものなのだろうと思います。


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Commented by muuku at 2019-11-26 15:57 x
例え家族であっても物に対しての思い入れは分からないものですよね。人から見れば価値の無いものでも自分にとっては何よりも大事であったりします。そうゆう意味では人に捨てられる前に自分の価値基準で選別するのは大事なことなのかもしれません。断捨離とは無駄を捨てることと同時に自分にとっての価値を再認識することなのかもしれませんね。
Commented by mcap-cr at 2019-11-26 17:14
> muukuさん
確かに自分にしか価値のわからないものは、人に捨てられる前に自分で処分するほうがいいと思います。
私は母親のものを処分していますが、思い入れは分からないので、躊躇しますが本人に確認もできない(わけではないが実用的でない)ので、思い切って処分しています。
断捨離はご指摘のように、自分にとっての価値を再認識することなのでしょうね。
Commented by swmm55 at 2019-11-26 17:47
これまでの人生で食器棚が倒れるような地震に二度、500kmを超える引越しを二度、二度目は面積が1/3以下となり、捨てまくりましたが、いつの間にか増えるんですね。思い出は残っていても嵩張らないのですが、忘れますね。こうなると豊になっても、長生きするようになっても良くなってるのかわからないです。
Commented by hiro-osawa at 2019-11-27 01:48
戦時中に幼少期を過ごした世代の人たちは生きるために必要なものが無くて苦しんだ経験が重く焼き付いているので物を捨てることができません
またその子供である私たちもそのように教育されたのでやはり物を捨てるのは理屈でなく精神的に抵抗があります
家のかたずけを始めると、さほど必要でないものを買い込んだり、レジャーとして買い物を楽しむとか安いからと言って買いだめをすることの無駄を感じて、これちょっと面白いかな、これお買得かな、程度なら思いとどまって買わないようになりました
しかしみんなでそれをやったら国の経済は衰退へ向かうのでしょうね
Commented by mcap-cr at 2019-11-27 06:28
> swmm55さん
地震は大変だったのですね。
面積が1/3以下というのも辛そうです。
最近は思い出の写真はデジタル化できて、かさばらなくなったので、パソコンで思い出に浸るのもいいかと思います。
物質的な豊かさや、時間軸評価での寿命の長さがどれだけ人の生活を改善しているか本当に分からないと思います。
Commented by mcap-cr at 2019-11-27 06:35
> hiro-osawaさん
私は、これからは、ものよりもサービスに対して消費する時代だと思うようになりました。
物質的な製品は、差別化ができなくなってきたので、サービスで勝負する、そうするとブランド価値が上がって価格も維持できるし、無駄な買い替えはしなくなります。
オーディオ機器にしたって、中途半端な価格設定のものを購入すると買い替え続けるようになると思います。
逆に、高価でも、修理しながら何十年も使い続けられるなら価値があると思います。
私のように最低価格品を長く使う人が増えると経済は衰退するのでしょうね。
ただ、私は、無限に経済成長を続けるモデルはネズミ講のようなものだと思っています。
政治で目指す方向は、経済成長しなくても、個々の生活に影響が出ないような社会的仕組みに変えていくことだろうと思います。
共産主義は勤労意欲を減退させるので、別な方向を模索すべきなのでしょう。
by mcap-cr | 2019-11-26 05:47 | その他 | Trackback | Comments(6)

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