2019年 12月 17日
スピリチュアルな思考
終活に重要なのは断捨離だと思いますが、断捨離にしても、物理的に質量や体積を伴わないものは残してもよかろうと思います。
代表的なのが、コンピュータのデータです。
紙の書籍と違って邪魔にはならないので必要なければ破壊するなり消すなりすればいいことです。
先日は、廃棄前の処理がずさんで、神奈川県のデータが流出するという事故がありました。
そういうのは消し方が悪かっただけなので、shredコマンドでズタズタになってデータは復活不能にできるはずです。
そのような、質量も体積もないもののなかにはスピリチュアルなものもあります。
先日の話ですが、このリンクにも紹介しているOSWさんのブログ記事で
ネコの輪廻転生
という話を読んでちょうど似たようなことを考えていたのを思い出しました。
OSWさんは、ご自宅に出入りしているネコを何十年も見てきて、死んだはずのネコと同じ行動をするネコがやってきたりするのを経験して、ちょっとスピリチュアルなことを考えてしまったそうです。
私が考えていたのは、お利口な人間と、凡庸な人間との違いです。
自分はどう考えても凡庸な部類です。
しかし、聡明な人間を何人も見てきています。
自分の失敗なんかは、後から考えれば、そりゃそうだ、なのですが、その失敗分析の結果の結論について、頭の中で時間を戻して考えると、どうやったってその失敗を回避するはずがありません。
偶然の失敗だったら、運によっては、時間を戻せばうまくいくかもしれませんが、自分の性質を考えると、愚者は経験に学ぶ以外の結論にはたどり着きません。
ところが、いろいろな局面を失敗しないか、回復可能な程度の失敗にとどめて切り抜けられる人がいます。
私は、どちらかというと、わざわざ遠回りする質で、好んでそうしている訳ではありませんが、近い道が見えないために結果として遠回りになっています。
ところが、ちゃんと近い道を見付けてそちらに行く人はすくなくありません。
生まれ変わるとか、その人の時間が戻るとか、そういうことは、現代の科学では考えられそうにありませんが、そうやってそつなく問題を切り抜けている人を見ると、生まれる前に経験した記憶を持っているのではないかと感じます。
自分にはそういうことができないからそう見えるのでしょうが、スピリチャルなことがあるかないか、と考えると、『ないとはいえないかも』という結論になります。
自分がアホなのを理由づけして自己逃避しているだけなんですが、やっぱり自分の頭からは想像できない思考をして切り抜ける人ってひょっとして輪廻転生の生まれ変わりなんじゃないか、と感じたりするわけです。
そういう時は、誰かその道のエキスパートが手伝ってくれてるような気がするのですが確認も証明もできません
みんなのスピーカー工作も、長岡鉄男先生がお手伝いしてくれていると思って感謝するべきなのでしょうね
そういえば、個別の案件で考えると、自分もできちゃったりすることがありますね。
誰かその道のエキスパートが手伝ってくれたのか、教科書や先生が伝えた知的遺伝子が助けてくれたのか、わかりませんが、世の中不思議なことばかりです。
長岡先生は、スピーカー工作に関する知的遺伝子を提供してくれたのだと思って感謝しています。

