2020年 01月 17日
関係が破綻する
これって個人間でやったら間違いなく破滅に導かれます。
一度くらいはいいかもしれませんが、これを繰り返しされると大抵の人はブチ切れてしまいます。
そりゃあ終わったことをああだこうだ云われたらいつまでも終わりませんからね。
しかし、国家レベルでは簡単には戦争にならないようです。
K国では、徴用工問題がどうのこうのと未だにやっていますが、元をたどれば徴用に応募した工員に対する給与が敗戦の混乱で支払えなかった例があるという問題です。
これに対しては、1965年の協定で、K国政府に対して支払うことで合意したものなので、問題の債務者はK国政府になっています。
こういう事情に対しては、日本政府は関与する立場にないので、無視しているだけですが、日本のマスコミも抱き込んでやたらと印象操作しようとしています。
もし少しでも日本政府が応じれば、『協定を破ったのは日本だ。だから協定は無効だ。』といって永遠にたかり続けるつもりなのでしょうが、しつこいにもほどがあるし、これ以上みっともないというのもありません。
K国には、みっともない、とか、恥ずかしい、という文化はないのでしょうか?
日本のマスコミも特定野党もみっともないことは数限りなくやっていますが、ブーメランになってもまったく効いているふうがありません。
どれだけ汚い手を使おうが、相手が自分のルールの中で負けとなれば勝ちって、一体何なんでしょうか?
K国と日本のマスコミは同じ文化なのでしょうね。
こういう失敗をしてきたのって、1965年以降何度あるのでしょう?
その都度同じ失敗に気付かないできたのが、インターネットで情報を共有されるようになってやっと一部の人に知られるようになっただけです。
日本政府には、早期に制裁を課してトドメを刺してほしいと思います。
あちらのルールでは、反撃すれば、同意していないという証拠になるのですから。
また、絶対に、少しだけなら...という甘い顔をしてはいけません。
同じことの繰り返しになるだけです。
この辺は、K国の扱いに慣れている、ちーなに学ばなければなりませんね。
そういえば、先日、半導体材料のK国内での生産技術が確立されたというニュースがありました。
何度目でしょうか?
できるならとっくにやっていたはずで、いまさら急に始めても半導体製品の供給能力が台湾や米国に完全に置き換えられるのには間に合わないでしょう。
こういうのもプロセスがあってはじめて成立するものです。
半導体の組立だけやっていてもダメで、それぞれの工程の管理基準を熟知して、何をやったら失敗するのかを理解していないとダメです。
ふつうは主要な薬剤を変更するには慎重になります。
機械部品のように材質、機械的・化学的性質、寸法、形状、誤差などで数値化されるものは、比較的簡単に置き換えが可能ですが、純度の違う薬剤などは、プロセスによってその効果が違います。
よくあることなのですが、知らなければ知らないほど知っている気になります。
そして知ってくると自分の無知に気付きます。
ですから、歳を負うごとに自分の無知が恥ずかしくなりますが、同時に、諦めの気持ちも出てきます。
K国は、工業の歴史が短いので、まだ初期の段階なのでしょう。
失敗は成功の元というように、失敗を重ねることで工業生産の技術が上がっていきます。
いまは、K国は、技術を上げる初期段階なのでしょうが、諦めて止めてしまわなければいいと思います。
勝った・負けた、ではなく、嘘やインチキを恥じないことがいちばん恥ずかしいんですよね。
あの国の、たしか京畿道仁川とかにあった現代の半導体工場の立ち上げ、装置納品の仕事で現地入りしました
クリーンルーム内の指定設置場所の電源と振動遮断ができていなかったのでクレームすると、3時間くらい待たされて担当の人間がやってきました
レベル3クリーンルーム内ですので無塵服を着用しているのですが、ドリルやハンマー、のこぎりを持ち込んで工事を始めました 壁、床に穴あけ、切削取り付け工事をジャンジャンやってさっさと帰ってゆきました ホコリを出すこと絶対厳禁なのですが誰も文句も注意もしない 周囲の管理職の人間も見てみぬふり、ではなく分かっていないんです
企業や担当者の知識レベルではなく国全体の教育として、目的を実現するために何をするべきか考える文化がありません なんでもどっかで見たものを部分部分を真似してでっち上げればよいというのが学者、研究者、エンジニア全員に共通した態度です 20数年たっても変わったようには見えません
したがって基礎研究、調査のようなものは誰もやってないし、工業ばかりでなくあらゆるビジネスは猿真似またはよそから盗んできたものを安く狡いやり方で廻して儲けることしか国を支える原動力がありません
発見も発明も個性的な文化もあの国から生まれ育つことは今後もないでしょう
私は、今回の失敗で学んでくれればいいなと思っています。
国家政策が嫌がらせとタカりでは、先がなさすぎます。
だれでも失敗を糧にして進んでいければいいはずです。
今回はもう逃げ道がないので、ひょっとしたら自立する道を見付けることができません。
何十年、何百年かかるか分かりませんけど。
そこに甘い顔をすると、元の木阿弥です。
自立と勤労の精神が身につくならどことも有効的にやっていけるはずなんですけどね。
日帝が失敗したことかもしれませんが。

