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買う・捨てる

先日日本橋三越で開催中の英国展というのに行きました。
日本橋三越では、こういう国や地域(県)が主体の販売会を年中催していますが、コロナの影響で自粛していました。
我が家では、英国展で、紅茶やジャムを買っていました。
妻は、英国製の食器が好きで最近は毎年何かを購入していました。
今年も買うというので、私は『代わりに何を処分するか考えなければいけないね』といいました。
食器棚にはいろいろな食器がありますが、たいていは同じものを使います。
たくさんあっても使うのはいつも同じ、というやつです。
意外にも景品で頂戴したようなものや何かの食品が入っていた容器のようなものが使いでが良かったりして、しかもそういうものに限って、なかなか壊れません。
しかし、気に入ったものを購入したなら前のものは潔く捨てなければ無駄に溜まる一方です。
私が子供の頃は、大抵の家で、訪問客を受け入れたりするのに食器を揃えていましたが、最近は、うちだけかもしれませんが、訪問客は減ってきています。
ですから、夫婦で使う数だけ持っていればいいはずです。
食器が揃っていなくても気にしない人も多いでしょうが、そうでない人がたまにいるので、無駄に同じものを揃えるという見栄っ張りの習慣がついているのだと思います。
食器は割れるので、セットものの数が減ってしまいます。
形が少し違っていたり模様が違っていたり、そういう組合せでも、上手にコーディネートできるようにするのが大切なのでしょうがなかなかそうはいきません。
考えてみると特に使っていないのが、コーヒーカップやティーカップの皿付きセットです。
縁に金が使ってあったりしてすこし高価(大したことはないが)だったりするのが、自分で使うには、皿まで洗うのが面倒だし、客人が来ても、容積が小さいと何度も注がなければならないとか、いろいろな理由で、スタバのカップのような実用的なもののほうが利用価値が高いと思います。
子供がいれば、結婚したい相手を連れてきたりするので、ちょっと格好をつけなければなりませんが、そういうこともありません。
最近は、近くまで来たのでご挨拶...というような習慣も薄れていて、親類が来ることもありません。
結論としては、やはり、新しく買ったら何かを代わりに捨てる。
これができないと場所がどんどんなくなってきます。

オーディオもそうです。
若いうちは、『いつかきっと...』と思いながら大きなスピーカーユニットを購入したりしました。
いつかはこれがものをいうと考えてアキュフェーズのアンプを購入したり。
結局、片チャンネル150Wのアンプなんか、使えるような環境ではありません。
常時1W未満で使う150Wのアンプ...
合理性がまったくありません。
しかも自分の使い方だと値段が1/10のアンプとの差がわかりません。
単なるバカです。

考えてみると自分の寿命もあとたかだか30年でしょう。
明日にも死ぬかもしれないし、10年以内に死ぬかもしれない。
それにあと30年もったとしても、最後の10年はふにゃふにゃふがふが...
となると、買うなら処分を徹底しなければなりません。

すごいお金で購入したのに遺族はリサイクルショップで二束三文で処分、というのはよく見ることです。
目録や、購入当時の状況のメモ、証拠品などを固めてあって、種別に整理してあれば価値があるものも、バラバラになってエントロピーが極大になっていたのではゴミと一緒です。

となると使うべきは旅行や音楽会のように、物理的に残るものがすくないものでしょう。
いまは写真なんかデジタルなので場所を食わないし、音楽会のプログラムもスキャンして紙は捨てられます。
やっぱり、残らないものは尊いのでしょう。
人間も死ぬから命が尊い訳で、死ななければ逆に価値がないのかもしれません。
ふっと消えていく刹那の音楽は尊い記憶ですが、再生装置は墓場に持っていけない。
やっぱりオーディオにカネを使うのやめようっと。
そもそも使ってないか...

by mcap-cr | 2020-09-03 07:00 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(0)

生演奏を主とすれば、オーディオは箱庭で充分でしょう。