昨日は、東京春音楽祭で、リッカルド・ムーティ指揮の歌劇『アイーダ』を聴くことができました。
リッカルド・ムーティは、1941年生まれ。私と比較してもしょうがありませんが、20歳年上です。
気力はもちろん体力も私よりずっと上でしょう。
老いを感じることはありませんでした。
出演は、
指揮:リッカルド・ムーティ
アイーダ(ソプラノ):マリア・ホセ・シーリ
ラダメス(テノール):ルチアーノ・ガンチ※
アモナズロ(バリトン):セルバン・ヴァシレ
アムネリス(メゾ・ソプラノ):ユリア・マトーチュキナ
ランフィス(バス):ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王(バス):片山将司
伝令(テノール):石井基幾
巫女(ソプラノ):中畑有美子
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也
東京文化会館が満員で、チケットを求める人もいました。
すごい熱気で、会場ではトイレ待ちもいつもより長い列です。
というか、演奏がまず凄かった。
ヴェルディは、こういう音響を考えて作曲したのか、ここはこうして間をとるのか、感じることがいろいろありました。
今回は演奏会形式ですが、あえて演奏会形式をとることの意味を深く感じました。
オペラは観劇の要素が強いですが、音楽に没頭するには、劇部分は邪魔かもしれません。
演奏会形式にすることによって、歌手だけにスポットライトを当てるのではなく、オーケストラ作品全体に照明があたります。
もちろん歌手は凄いが、オーケストラも負けてはいない。
ムーティの指揮は、オーケストラ作品としての価値を際立たせるものでした。
遠くの音、近くの音、まとまる音、分離させる音、心理的圧迫を与えるための大太鼓の音、短く切る音、長くトレモロにする音、こういう使い分けは、オーディオ装置でながら聴きしても感じることができません。
会場で集中して聴くことでようやく感じることができました。
演奏中は、ムーティのことは意識せずヴェルディの作品としてそのまま聞き入っていました。
最後は、ムーティの笑顔。
快心の演奏だったのでしょう。
オーケストラが引き揚げた後にまで顔を出してくれました。
次は、この秋にムーティの生徒によるアカデミーがあります。
これも楽しみです。
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