人気ブログランキング | 話題のタグを見る

抽象表現

ときに、自分をバカっぽく感じることは人によりあるかもしれません。
お前の場合は本質的にバカだろう、という突っ込みはさておいて、こんな動画を見ました。
その中で、いくつか考えていたことを書きたいと思います。
まず、抽象的な表現を混ぜるほうが、バカっぽく見えないという意見です。
抽象的というのは、複数のものの共通の性質を抽出した表現になるのですが、確かに動画の通り、適切に混じっていればちょっと知的っぽく感じる場合が多いでしょう。
抽象的に表現できるということは、各対象のなかの共通の性質と、個別に違う性質を分けて考えられるということでもあります。
これができるとなると、それなりの知性が必要なので、そこは動画の通りだと思います。
一方、やりすぎるとどうなるか?
これは却って無能に見せてしまいます。

例えば、『歳出削減すればいい』というようなのがこれにあたります。
歳出削減と云っても、削減できる項目がどれだけあって、各項目について、削減した場合の利点と欠点を把握し、それを、集計すれば、具体的になります。
具体的にしなければ実行できません。
抽象的に表現し、それについて質問されると回答できない、これは却って低能に見せてしまいます。

かつて、某講演会で、ノンバンクに対して預金保険を使うことの問題点を説明した有名大学(というかと超名門私立大学)の教授に対して、自分はノンバンクと云われてもどんな会社か分からないので(本当に知らなかった)いくつか会社名を教えてほしい、と質問したことがありました。
こんな質問した自分もバカでしたが、なんと、その教授は、ひとつも社名を例示することができませんでした...
この場合は、『ノンバンク』というのが抽象用語で、新聞やテレビでも具体名を挙げてはいなかったように記憶しています(自分が分からなかっただけかもしれない)。
ということで、抽象用語を使うのはいいが、その裏に具体的事実を知らないと逆効果になると思います。

あと、この動画には、主語を一般化するとバカっぽく見えるというのがありました。
これは、完全同意。
マスコミが主語をデカくするあれです。
自分はこう思う、というほうがバカっぽく見えないと思います。

by mcap-cr | 2025-05-22 12:30 | 社会科学 | Trackback | Comments(0)

生演奏を主とすれば、オーディオは箱庭で充分でしょう。