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音楽は生演奏が最高ですが、レコード音楽は、工学オーディオによってリーゾナブルなコストで楽しみましょう。


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カテゴリ:美術( 22 )

コートールド美術館展

一昨日、OWKさんから電話を頂き、昨日は、眼科受診の後上野の奏楽堂のバロックコンサートに行きました。
カセットテープでの録音会だったのだそうです。
そういえば、ずっと昔にアカイのGX-2000というハイエンドモデルを持っていたのですが、CDを聴くようになってカセットは捨ててしまいました。
完動品だったのですが、今考えれば勿体無いはなしです。
とはいっても、置き場所がないんじゃしょうがありません。
奏楽堂には、以前間違って行ったことがあったきりで入ったことがありませんでした。
中は、なかなか豪華です。
コートールド美術館展_a0246407_16524984.jpg
演奏が始まってみると、残響時間がかなり短いデッドな部屋であることに気付きました。
まわりを見渡すと、左右面にカーテンがたくさんあって開けてはありますが、これらも影響しているだろうと思います。
それにステージのカーテンも見た通り両側に出たままです。
客席が埋る前はもう少し残響があったそうです。
これくらい残響がないと、演奏も変わってくるのではないかと思います。

実はその後、コートールド美術館展を見に行く予定があったので、休憩時間に失礼しました。
OWKさん、どうも有難うございました。

ロンドンのコートールド美術館には、2011年に行ったことがあります。
見たかったのは、マネの作品です。
コートールド美術館展_a0246407_16525546.jpg
絵葉書をスキャンすると著作権が問題になりそうですが、美術館前のポスターなら風景なのでいいでしょう。
上の絵は特に好きな絵です。

真似が晩年に通っていたアミューズ施設の従業員の方をモデルにして描いたそうです。
ぱっと見ると、綺麗な女性なのですが、テーブルの上のワインやみかん(?)も実に素晴らしく描かれています。
私が特に好きなのは、この女性の後ろ姿を描いたところです。
実際に鏡に映るのとはわざと角度を変えて右後ろに描いています。
このポスターの写真では分かりませんが、その後ろ姿が妙に現実的なのです。
正面顔を端麗に描き、後ろ姿を現実的に描く。
おそらくこの女性はかなり無理をしているのでしょう。
今風に云えばイタいのかもしれません。
ですが、職業なのでイタくても頑張るしかありません。
そして美貌を見せている。
マネ自身も頑張って自分を見せていたのではないでしょうか。
そういう自分の気持ちを作品に投影していると(デマカセです)。
鏡像部分は最初もう少し中央寄りにあったのを修正したそうです。
きっと、もっとちゃんと見せたかったのでしょう(作品の説明とは違うデマカセです)。
それと、更に写っているマネ本人と思しき姿も。

こういう絵画は、そのときの画家の気分とか、その時代の空気を感じさせてくれます。
空気感の表現は、特に印象派以降で確立されたような感じがします(これもでまかせ)。
画家の心の中の記憶を再現する描き方も印象派で確立されたと思っています(デマカセばっかりですみません)。

最近ブログに美術館展のことは書いていませんが、これだけは、また見たかった特別の作品でした。


by mcap-cr | 2019-10-11 06:03 | 美術 | Trackback | Comments(0)
サントリー美術館の、『左脳と右脳でたのしむ日本の美』information or inspiration という展示会に行ってきました。
会場は、白と黒に分かれていて、白は説明付き、黒は説明抜きです。
どちらから入ってもいいのですが、最初に説明を見たほうが分かりやすいであろうと思い、白から入りました。
白の会場には説明付きで、デザインのパターンの説明とかいいろいろなものがありました。
興味を惹いたのはデザインのパターンで、ガラス工芸の切子の模様の説明がありました。
いろいろありますが、最も簡単そうだったのは正方形の格子に対角線が入ったものでした。
それを再現するとこんな感じです。
左脳と右脳でたのしむ日本の美_a0246407_08592953.png
スピーカーの仕上げにレンガパターンを採用しようとしていたところでしたが、この正方形+対角線のパターンのほうがはるかに簡単そうです。
これだったら、下塗りの後、細めのマスキングテープを縦横斜めに貼りめぐらしてからもう一度塗れば完了です。
色調をどうするか、という問題は残りますが、これはこれで悪くないのではないかと思います。
レンガパターンは、下の図のように縦線を1段ずつずらさなければならないのでこれが面倒です。
左脳と右脳でたのしむ日本の美_a0246407_10045785.png
縦横斜めパターンならいけるか...!
と思っていましたが、これを刷毛で仕上げると、マスキングテープの下に浸透する危険があります。

スプレーなら浸透しません。
しかし、缶スプレーは飛び散るので周囲に養生しなければならないし、有機溶剤が臭いし、高価な割に表示面積よりも塗装面積小さいし...
スプレーはロスが多いので塗装面積が表示面積よりも小さくなるのは当然のことです。
塗装用のスプレーガンだったら水性ペンキも吹けそうですが、調べてみるとこれも高価です。
しかも、道具を揃えたとしてこれから何回使うのか...
それに、保管場所もバカになりません。
んんん....

やっぱり刷毛でできることを試行錯誤、なるべく簡単なパターンからやっていこうと思います。

展示会のほうは、投射した影が重要だったり、偏光フィルターの傘を使って模様が見えたりして楽しむことができました。



by mcap-cr | 2019-05-27 05:28 | 美術 | Trackback | Comments(4)

新年

今日で新年3日目に入りました。
年越しは、ベートーヴェンのコンサートで新年を迎え、いいところから始まりましたが、1日には、苦痛な実家への訪問が待っていました。
関東圏にありながら超不便な実家は、正月にはタクシーも来ません。
苦痛な時間を過ごした後、徒歩で遠く離れたバス停まで移動すると、稲毛駅行きのバスがちょうど良くやってきました。
四街道駅はバス停よりも更に遠いのでなかなか使えません。
運が良ければコミュニティバスが来ますがそれも非常に少く、利便性があるとは言えません。
どう考えてもこんなところに住宅を開拓するなんて不動産会社の詐欺目的以外には考えようがありません。
東京はおろか千葉に通うのも苦痛な場所です。
ここからそこそこの企業に勤める人たちが東京まで通っていたというのは、集団で気が触れていたとしか言いようがありません。
こういうゴミ不動産を購入した人が既に亡くなる時代に入っており、その子孫も寄り付かないようで、スラム化していくのでしょうか?
不動産開発物件を買うなら裏の目的があることを認識し、20年後40年後でも住み続けられる物件かどうかを見極めなければならないという事例です。

実家は1日の夜に引き揚げて、2日は遅く起きた後に、国立西洋美術館のルーベンス展に行ってきました。
ルーベンス展は、事前に入場券を入手していましたが、1月20日までなので、気にかかっていました。
昨年は、東京で相当な数の美術展に訪れました(横浜にも行きました)。
考えてみると、東京に住んでいれば、かなりの数の西洋美術にも触れることが可能です。
特別展はひっきりなしにやっているので、目的を持って集めてきた作品を一度に鑑賞するという恵まれた機会を得ることができます。
今回のルーベンス展もそういうものののひとつですが、ルーベンスについては、作品が数多く、ルーブルだけで相当な数が展示されているので、こういう企画展としては、ちょっとインパクトが弱いかもしれません。
今回来ていた作品の中にも、過去の美術展に来ていた作品が多く含まれていました。
ルーベンスの特徴のひとつは、画面全体が賑やかなことが多く、音楽で言えば端から端まで主題のモチーフとフィナーレで埋め尽くされているような感じです。
こういう作品が好きな人もいれば、ちょっと胸焼けしてしまう人もいるかもしれません。
ほんの2日前に聞いたベートーヴェンの第九では、第三楽章が好きだと書きました。
第三楽章は、穏やかに進行していきますが、これから始まる物語を暗示するものです。
そして第一楽章、第二楽章、第三楽章があるからこそ第四楽章が活きてきます。
ルーベンスの作品はそれとはちょっと違う感じで、言ってみれば、古典系よりポップス系の先駆けの感じかもしれません。

ルーベンス展の後、売店で、ルーベンスの時代の音楽というCDを買ってきました。
ナクソスのシリーズで、1,300円でしたが、今となってはナクソスは高価なシリーズなのだと思います。
ルーベンスの時代の音楽は、音楽の古典派よりもずっと古く、ものすごく古い感じがします。
それが録音で蘇って、なかなかいい音です。
次のオフ会で使えそうです。
音楽を聞いて、改めて、ルーベンスは、時代をずっと先取りしているのだと感じました。

明日は久しぶりに仕事です。
昨年28日は少し熱が出て仕事を休みましたが、何とか治っている感じで、今日は久しぶりに通常の週末モードの時間に起床できました。


by mcap-cr | 2019-01-03 06:48 | 美術 | Trackback | Comments(0)

田窪恭治 林檎の礼拝堂

8月31日の記事(フランス旅行(8))にフランスの小さな街にある林檎の礼拝堂を訪れたことを書きました。
写真を再掲します。
外景です。
田窪恭治 林檎の礼拝堂_a0246407_08512443.jpg
中は、屋根瓦としてのステンドグラスの光が入るように工夫されています。
田窪恭治 林檎の礼拝堂_a0246407_08510372.jpg
そして、これが林檎の礼拝堂の林檎部分です。
田窪恭治 林檎の礼拝堂_a0246407_08504594.jpg
田窪恭治さんがおよそ10年の歳月を費やして朽ちていた礼拝堂を蘇らせました。
家族帯同で10年をフランスの小さな街で過ごしたので、息子さんはフランスに馴染んだらしく、パリで和食のレストランを経営しています。
息子さんの和食レストランのことは、後に田窪恭治さんご本人から伺いました。
8月31日の記事に、後日談があるということを書きました。
それは、その少し前の8月26日に、日本橋三越で実施していた、田窪恭治作品展を見に行ったからです。
作品展というかいわゆる個展です。
買うつもりはなかったのですが、値段を見てみると、『アキュフェーズのアンプより高くないじゃない...?』しかもそのときご本人にも会うことができました。
息子さんのパリのレストランのお話を伺ったのはこのときです。
ご本人はとっても物腰の柔らかな方でした。
しばらく作品を見ながら結局1枚買ってしまいました。
林檎の礼拝堂と同じ手法で作られています。
色を何層も塗り重ね、そこを引掻いていろいろな色を出すという手法です。
まあ、高級オーディオに手を出すよりはこちらにほうが自分に合っています。

届いたのは、8月31日です。
いろいろとあったので、そのときには書けませんでした。
田窪恭治 林檎の礼拝堂_a0246407_08143651.jpg
早速玄関に飾りました。
田窪恭治 林檎の礼拝堂_a0246407_08144641.jpg
オーディオは知恵と工夫で節約できますが、美術は知恵がないので、たまには本物もいいでしょう。
今回は不思議な縁だったなあ。

ちなみに、田久保恭治さんの大型作品は、聖心女子大学で見ることができます。
今度見に行ってこよう!



by mcap-cr | 2018-09-14 06:14 | 美術 | Trackback | Comments(0)
今日は朝からワールドカップを見ていました。
日本チームすごかったですね。
一時は勝つと思いました。
よく頑張った。偉いと思います。
結果は負けですが、観戦を楽しむという目的は十分に満足させたのではないでしょうか?
こういうのが顧客満足度向上につながるのだと思います。
延長になったら見られないところでした。
残念ですがお浮かれ様でした。


もう展示終了してしまったのですが、横浜美術館で『ヌード NUDE -英国テート・コレクションより』よいう展覧会をやっていました。
私が訪れたのは6月8日でした。
テート・ブリテンのコレクションを借りてきてちょっときわどい展示をしていました。
日本は、まだ、ヌードという美術に関しては成熟していないと思います。
ヌードを主題にした展示会は、他には知りません。
以前に、オルセー美術館を訪れたときに、女性のあけっぴろげの下半身だけ、という作品があってビックリしました。
今回横浜美術館で展示されていたのは、そこまでのあけっぴろげではないのですが、ピカソらの性器の描写もあり、ちょっと際どさがありました。
そのなかで、撮影を許可された展示がありました。
横浜美術館はなかなか斬新でいい_a0246407_15503046.jpg
ロダンの作品です。
美しいです。
この作品でも、当初展示されたときは非難されたそうです。
いまではこうやって普通に鑑賞できるので、裸体という描写に対する理解が進んだということでしょう。

音楽の場合は、作品から何を連想するかは、鑑賞者の勝手ですが、美術の場合はストレートな表現が可能なので、こういった論争も起きがちです。
まあ、音楽の場合も際どい音声や卑猥なセリフを入れたらちょっと問題にもなりそうな気はしますが、言葉の場合は、外国語だったら分からない部分もあるので、美術の場合とは少し違うかもしれません。

美術作品からは、社会の寛容度合いの歴史を垣間見ることができるので、歴史の勉強になります。
今回は、この際どい展示にあたって議論はあったでしょうが、私は、情報の良し悪しは受け手が判断することであって、発信者側が隠さないことが重要だと思います。
よくやった。

横浜は東京からはちょっと遠いですが、ときには横浜美術館も訪れようと思います。

by mcap-cr | 2018-07-03 06:17 | 美術 | Trackback | Comments(2)
新年3日に、三菱一号館の
に行ってきました。
ロートレックは、ポスター画をアートにした第一人者です。
この特別展は1月8日までなので、気になっていました。

展示会に行って、ロートレックの自転車の作品を見ていて妙に気になる部分がありました。
自転車のチェーンの部分がおかしい。
スプロケットはつるつるで、シンクロベルト(歯付ベルト、タイミングベルト等の呼称もある)を表裏逆に掛けたような図になっています。
古典絵画は、細部にまでこだわり、実際に観察しなければ分からないような絵が多くあります。
たとえば、昨年来日したブリューゲルの『バベルの塔』は、工事の様子まで克明に描かれています。
想像だけでは描けない描写です。
図面を引きながら、作業工程まで考えなかればバベルの塔のような作品はできません。
ところが、ロートレックは、自転車の駆動系をデタラメに描いています。
駆動系は自転車を構成する重要部分ですが、そこを観察せずにテキトーに描く。
エンジニア系の自分にはどうしても許せません。
他の作品もよく見ると同じような描写が多くあります。
踊っている様子...顔は止まっているが、脚が変な方向に上がっています。
動きの一瞬を切り取ってもこうはならないでしょう。
コントラバスの頭の部分も変です。
ここで、弦の張りを調整する部分なのに、全部つながって草のように描いています。

美術作品、ポスター画、こうしたものの評価は素人の自分には分かりませんが、描く対象の重要な部分をデタラメに描くという手法には違和感があります。
いつもは、こういう展覧会では、素人なりに納得するのですが、今回ははじめて、まがい物を見た気分になりました。


by mcap-cr | 2018-01-03 23:14 | 美術 | Trackback | Comments(0)
12月17日(日)は、気になっていた上野の森美術館で開催の『怖い絵展』に行ってしましました。
怖い絵展に行ってしまいました_a0246407_08302810.jpg
東京駅八重洲口近くのチケットショップにたまたま立ち寄ったら、当日最終日の『怖い絵展』のチケットが1枚100円で売られていました。
そこで2枚購入したら、2枚おまけにくれました。
"BUY 2 GET 2 FREE."なんていう英語のフレーズを思い出しました。
使えないのですけどね。

最終日で、遅く行って入れてもらえないと困るので、午後三時半に自宅を出て、4時前に付くと長蛇の列。
列のいちばん後ろ150分待ちの札を持った係員が立っています。
そこに並んで2時間ちょっと並ぶと中に入れました。
待っている間はひたすら寒いです。
列は少しずつ進み、建物が風よけになりそうな位置まで来てもやっぱり寒い。
入場したら暖かくなりましたが、それでも、体は冷え切っていて温まりませんでした。

人が多すぎて小さな絵は殆ど見えません。
ところどころ見える絵を通り過ぎながら、レディ・ジェーン・グレイの処刑のところにくると、この大きな絵だけはちゃんと見ることが出来ません。
でも、カタカナ英語ってやっぱり変です。
英語を見れば、Lady Jane Grey(ジェーン・グレイ婦人)であることが分かりますが、Ready Jane Gray(処刑の心の準備が出来ているジェーン・グレイ)のほうがカタカナ英語に近いと思います。
実際には、心の準備は出来ていないのですが。
日本人の英語が不得手なのは、カタカナ英語にもあるんじゃないか、なんて思いました。

この絵は、ロンドンのナショナルギャラリーにあって、そこで1回見ていました。
しかし、今回は、テレビの美術番組で、解説を聞いてから来ているので、見るポイントなんかも変わっています。
絵のストーリーは、下克上を目指した父親に女王に仕立てられたが失敗し、数日で処刑された、全く非のない少女の悲劇です。
劇場型の表現で、実際と違う処刑場に描き、背景や登場人物、本人の手の質感、色にも、衣装にも意味を込めて描いています。

今でも、革命を目指す人たちはいますが、果たしてこうなる心の準備は出来ているのでしょうか?
日本だって、刑法の規定を厳格に適用すれば、沖縄で反対運動している輩は、外患罪で死刑に処される可能性もあるはずなんですが。
Lady Jane Greyを見ていて恐ろしいのは、それがあり得ない過去の出来事だと感じることだと思います。
日本は、いま、自民党が外患誘致に対して過度に寛容ですが、過度に不寛容であれば、過激派の連中は、まとめて処刑となってもおかしくありません。
むしろ今外患誘致に励んでいる自称人権派の連中が政権をとったりしたら、Lady Jane Grayのような人が大勢出てしまうでしょう。
文革の歴史が示すように、不寛容な連中が政権をとったら人権なんかなくなってしまいます。
人権をことさら強調する連中は、文革の批判とか、絶対にしないのは何故なんでしょうね?

Lady Jane Greyの悲劇が二度と起こらない社会を作っていくのが大切なことなんだろうと思います。


by mcap-cr | 2017-12-18 23:24 | 美術 | Trackback | Comments(0)

今週の日曜に、三菱一号館美術館のレオナルド×ミケランジェロ 展を再度見に行きました。

というのは、前回は、ミケランジェロの彫刻が間に合わなかったからです。

前回は、彫刻が間に合わなかったので、そこだけ入場できるチケットを配布していましたが、女房が年間会員なので、会員証で一緒に入り直しました。

デッサン類を再び見ると、また、新鮮でした。

ダ・ヴィンチとミケランジェロのお互いに全然違う主張を掲示してあるのですが、そのどちらも納得できるもので、超一流になってしまえば、何が正しいのかわからなくなってしまうのでしょう。

自然科学以外は...


今回遅れて入荷したのはキリスト像です。

三菱一号館美術館のレオナルド×ミケランジェロ 展(2)_a0246407_16330759.jpg
顔の部分に大理石の黒い色が出てしまったので、中断したとされる作品です。

私の感じるところでは、彫刻の技術は、ギリシャ時代に完成されてしまったので、それ以降は、造形が美しいとか、正確だとか、それ以上に内に秘めることが必要です。

ミケランジェロは、彫刻家として有名ですが、私は画家としてのミケランジェロのほうに魅力を感じます。

彫刻は、三次元コピーのようなところがありますが、絵画は、二次元に嵌めて表現するので、その過程で三次元にできない不完全な部分を補うために、様々なメッセージが入ります。

いわば、彫刻は自然科学の世界、絵画は、自然科学+文学の世界みたいな感じです。

彫刻には、元の造形を完全に破壊してしまったような先品がありますが、ミケランジェロの時代は、正確な造形のなかにメッセージを入れています。

ミケランジェロの彫刻は美しいのですが、絵画のほうをもっと見たいと思いました。


それでも、これほどの作品を見られるなんて得した気分です。


by mcap-cr | 2017-07-25 00:00 | 美術 | Trackback | Comments(0)
土曜にアルチンボルド展に行きました。

朝一に滑り込み空いているところを狙おうと思いましたが、既に行列ができていました。
前売り券を買っていなかったら大変なところでした。

アルチンボルドといえば、野菜や魚等全然人物と関係ないものを並べ、遠くから見たときに人物画になるように描きます。
16世紀の画家ですが、シュールレアリズムの創始者のように崇められています。
野菜を使って人物画を描くというだまし絵的な要素だけなら、単にウケ狙いということで終了ですが、何故これほど重要な画家として尊敬されるかというと、それぞれの物体や生物の描写表現が半端ではありません。
動物は動物それぞれが毛並が生々しく描かれ、それぞれに表情があり、部分的に注目して観察してもそれが、人物画であるとは思えません。
それぞれの構成要素(野菜や魚など)には、王を讃える意味があるので、宮廷画家として重用されました。
現在見てもそれぞれの構成要素の深い意味はピンときませんが、描写力については驚くしかありません。
描き始める前の設計段階には相当な時間を要したのでしょう。
アルチンボルド展に行きました_a0246407_17105911.jpg
上の絵は自画像ですが、単に自画像というだけではなく、よく見ると、紙の切れ端を使って構成してあります。
本当にシュールレアリズムの元祖なのでしょう。
驚くしかありません。


by mcap-cr | 2017-07-10 00:00 | 美術 | Trackback | Comments(0)
日が変わってしまいましたが、昼に、三菱一号館美術館のレオナルド×ミケランジェロ
展に行きました。

本人の作品によるカラーの絵画はありませんでしたが、デッサンを鑑賞することができました。
中に、撮影コーナーがあって、そこで印刷物を撮影することができました。
せっかくなので記念に一枚。
三菱一号館美術館のレオナルド×ミケランジェロ 展_a0246407_17315838.jpg
左が、ダ・ヴィンチ、右がミケランジェロです。
ダ・ヴィンチは身分が低かったので、出身地の地名でこう呼ばれています。
日本も平民に名字が与えられたのは、明治のことですから、イタリアで15世紀に名前がなくても不思議ではありません。
ダ・ヴィンチは、子供の頃から自然が友達で、観察眼を養ったそうです。
ミケランジェロは、日本ではダ・ヴィンチよりも人気は劣るかもしれませんが、システィーナ礼拝堂の天井画などで他を寄せ付けない圧倒的な実績を誇っています。
展示の説明が、いたるところにあって、ミケランジェロとダ・ヴィンチの言葉が短く書いてありました。
日本語の他は英語の表記です。
何で言語で書かないの?
翻訳では、ニュアンスが伝わりにくいかもしれません。
わからなくてもいいから、言語でも書いてほしいな、と思いました。

面白いのは、お互いに嫌いだったらしくて、ケチをつけあっています。
ダ・ヴィンチは、表面を細かく描写するのは、中身を見ていないことだ、というし、ミケランジェロは、ダヴィンチが騎馬像の彫刻を完成させられなかったのは恥だというし、まあ、お互いに実力を認めあっていたということでしょう。
デッサン画を見ると、自分には、ミケランジェロの描写力のほうが短くポイントを突いているように見えました。
ダヴィンチは、なかなか完成させられなかったみたいで、納得するまで完成度を求めるタイプのようです。
自分のような凡人には、ミケランジェロのほうがポイントを突いた天才に思えます。
絵画については、という条件ですが。
ミケランジェロは彫刻が有名ですが、彫刻といえば、もう紀元前から凄い彫刻がたくさんあるので、比較しても、ローマ時代の彫刻と較べて特筆すべきところがどこなのかはピンときません。
それよりも、絵画の凄さが軍を抜いていると思います。
大聖堂の天井画を何年も描き続ける集中力も、常人の想像を超えていると思います。
ダ・ヴィンチは、絵画の技法をあみだしているので、別なタイプの天才なんだろうと思います。
もう少し豊かな時代だったら親友になったんじゃないか、なんて考えながら展示に感心していました。





by mcap-cr | 2017-07-03 00:00 | 美術 | Trackback | Comments(0)