人気ブログランキング |

バスレフ研究所 Personal Audio Laboratory mcap.exblog.jp

音楽は生演奏が最高ですが、レコード音楽は、工学オーディオによってリーゾナブルなコストで楽しみましょう。


by MCAP-CR
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ:音楽・コンクール( 142 )

説得力

昨日ブログ記事を書いたあと、つい居間にあるメインシステムとテレビモニターを使って録画してあったクラシック倶楽部という番組を視聴してしまいました。
聴いたのは、ゴールドベルク変奏曲です。
チェンバロでの演奏、2017年、東京文化会館小ホールでの収録です。
見慣れたステージの様子でした。
どうして普段メインシステムで聴かないかというと居間は騒音の巣窟だからです。
いまは、たまたま妻が実家の手伝いに行っているので、ひとり暮らしです。
ですから、自分以外に騒音源はあまりありません。
たとえば壁を隔てない台所にある食器洗浄機を動かしたりしたら煩くて聴いていられない訳です。
それに、自分の鳴らす音も自分以外には騒音になりますから。

久しぶりにメインシステムを静かな居間で鳴らすと普段との音の違いに今更気付きます。
メインシステムは、励磁型のフルレンジなのですが、社長の趣味でやっているガレージメーカーがコスト度外視で作っているので、こうしたらいいだろうということを何でもやってみた、という感じの製品です。
価格はセットで50万円弱だったので、ん百万か一桁上の製品に使われる部品かそれ以上かもしれないもので、部品としてはハイエンド級です。
実際にハイエンドと云われている製品をバラしてみると大して高価な製品を使っている訳ではないそうです。
ハイエンド製品のコストの大部分は販売経費と開発の人件費ですから、高価な部品なんか使っていられないでしょう。
そもそも小ロットで部品を購入すればものすごく高価になりますから、すぐにハイエンド価格になってしまいます。
それに販売経費を乗せるともう...
そんな音ということもあって、ついそのまま1時間ほど聴いてしまいました。

音もそうなのですが、気付いたのは『顔』という説得ツールです。
演奏者は、普通のフランス人でしたが、やっぱり顔だけですでに説得力があります。
演奏しているときの表情だけで、わざとらしさなしで、深く考えているように見えます。
実際の演奏会の遠い席で聴いていれば関係ありませんが、アップで写してしまうとそういう表情や顔の違いに目が行ってしまいます。
この点日本人は実に不利です。
西洋人にとって日本人の顔からは、考えていることが読み取りにくいという話を聴いたことがあります。
実際の演奏では、必要以上に(自分にそう見えるだけですが)表情を変えてしまう人が多いように見えます。
それは、音楽とは関係ないところのはなしなので、どうでもいいのですが、やっぱり格好いいほうが演奏そのものもよく聞こえてしまいます。
こうした視覚による錯覚は、オーディオ装置の評価とも同じで、目隠ししたら聴き分けできないものでも、ブランドの音の違いとして語られたりします。
ですからブランドとして有名演奏者の演奏だと素晴らしく聞こえてしまったり、見た目が麗しいと実際以上に凄い演奏だと評価してしまうこともありそうです。
私の場合、視覚による錯覚現象に気付いてしまったので、オーディオ装置にブランドは求めないし、演奏者も自分の感性だけで評価できるようになりました。

でもやっぱり見た目に説得力があるほうがいいのかもしれません。
音楽もオーディオも案外似ているのかも。

by mcap-cr | 2020-06-28 06:17 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)
昨日、先日購入したプーランクの全集から意を決して歌曲を聴いてみました。
しばらく聴いていてやはりどうしても聴くことができなかったので止めてしまいました。
嫌いなわけではありません。
他の作曲家の作品からはそれまで聴いたことのないような独特な感じがあります。
敢えて云うならば、内なる恐怖のようなものです。
ハリウッドの恐怖映画だったら、作り物のような部分が残っており、恐怖を演出するものですが、プーランクの場合、特定の恐怖がある訳ではなく、なんとなく気味が悪い、落ち着かない、今までに感じたことのない妙な気持ちが襲います。
誤解をおそれずに書くならば、もちろん経験したことはありませんが、自分自身が悪魔になってしまったような、人を殺してしまったような恐怖感とでも云えばいいのでしょうか。
悪魔に殺される恐怖というよりも悪魔になって殺してしまうような心地悪さが襲います。
音楽でこういう感情を伝えてしまう、というか、そういう気持ちにさせてしまうのは、プーランクしか知りません。
他の作曲家の作品もそういう部分はあるのですが、作曲者がどこか俯瞰して見ているような、皮肉を込めているような、劇場向けの演出を感じさせるものだと思います。
プーランクの場合、劇場向けではなく、深層心理の中からジワジワと自分弱さを執拗に突いてくる感じです。
なんか、もう『カルメル会修道女の対話』も聴けなくなりそうです。

少しでも聞くと、ずっと心の中に残ってしまい、真逆の心地良い音楽を聞いても消えてくれません。
ちょっと寝付けなくなって寝酒をしてしまいました。
でも逆に云えば、プーランクの世界に嵌ってしまったとも云えるのかもしれません。
娯楽音楽とはちょっと違う。
これもそれまでとは違うアプローチなのでしょう。
本当に恐ろしい作曲家です。
プーランクを再び聴いてみた..._a0246407_18084803.jpg


by mcap-cr | 2020-06-26 05:49 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

新しく購入したCD(3)

タイトル:サティ: ピアノ作品集、歌曲集
アーティスト:アルド・チッコリーニ、他
商品価格:¥1,080
6枚組で1080円...
いまは買う側にはいい時代になりましたが売る側はつらいかもしれません。
やはり、中抜きのすくない流通法の開拓が必要です。
新しく購入したCD(3)_a0246407_11015603.jpg
自分にとってサティには仕事で辛かったときのことを思い出させるものでもあります。
いっとき半導体工場に仕事に行っていたときがあり、機会の納入が遅れて、現場はひどい目に遭っていました。
そういうのはどこでもありがちですが、とにかく現場が矢面に立ち、その代表は精神が蝕まれるほどにダメージを受けます。
現場の力ではどうになるものでもないのですが、こればかりはどうしようもありません。
自分の疲れが蓄積してくると、月に一度ぐらいしっかり寝たときによけいに疲れを感じるようになります。
休むと余分に疲れを感じるのは、ダメージの知覚力が麻痺してしまっているので、体が危険な状態にあるシグナルです。
とりあえず死なずに良かった...
どうしてサティかと云うと、その工場への電話で、取次時のメロディがサティだったからです。
当時はサティのことは知りませんでしたが、妙な感じの音楽だと思っていました。
サティは、一種独特の雰囲気があって、それがやな感じではなく自分の歪んだ感情がそう感じさせるように思います。

一昨年にサティの生家前まで行けたのですが、当日は閉館中でした。

そんなことを思い出しながらぼんやりとながら聴きで、別なことをする、といったら作品に失礼かもしれませんが、案外、そういう聴き方を想定して作曲されたのかもしれません。
このセットのいいのは、歌曲も収録されているところです。
サティの作品は、同じ主題の使い回しが多いですが、それはそれで独特の味なのでしょう。

プーランクとは真逆を行っている感じで、構えて聴かなくてもじわじわと伝わってきます。
こういう作品は案外録音物として聴くほうが合っているのかもしれません。

by mcap-cr | 2020-06-22 05:46 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(2)

新しく購入したCD(2)

昨日に引き続き、新しく購入したCDについて書きます。
昨日書いたプーランクは曲によっては重すぎるので全部聞き終わるのがいつになるのかわかりません。
そういう重いCDにはなかなか巡り会えませんが、今日はアルゲリッチのライブCDについて書きます。
新しく購入したCD(2)_a0246407_18083633.jpg

全部で22枚です。

マルタ・アルゲリッチ~ルガーノ・レコーディングズ 2002-2016<限定盤>
アーティスト:マルタ・アルゲリッチ
商品価格:¥4,166

こちらも限定版、これも超々お買い得です。
アルゲリッチは自分がクラシック音楽を好んで聴き始めた学生時代にはすでにビッグネームになっていてファンが大勢付いていました。
私は、ショパンコンクールの審査員をやっていたアルゲリッチが、出場者のポゴレリッチが予選でふるい落とされたのに抗議して審査員をボイコットしてしまった(そのときの優勝者はツィマーマン)という印象が残っています。
レギュラー価格のレコードは高価で買えなかったので、アルゲリッチはずっと聴く機会がありませんでした。
今回、じっくり聴いてみると(全部はまだ聴けていませんが)流れる旋律でくっきりとした音を明快に鳴らすタイプのようです。
さすがにビッグネームで大勢のファンを獲得しているだけあります。

録音のほうは、ライブなのにしっかり録音されていて、かつ、ライブならではの音場感がはっきりと収録されていて、素晴らしいものです。
これはオーディオマニアにも推薦できる逸品でしょう。

私は、演奏を評するほどの知識がないので、大雑把な好き嫌いしか書けません。
好みについて評すると、好きな演奏であることは間違いありません。
アルゲリッチに限らず、こうした記録物で聴けるのは、ビッグネームの演奏者ばかりです。
その反対に生で聴く機会が多いのは、これからの演奏家たちの演奏です。
録音と生という違いはありますが、比べてみると大演奏家はどこがどう優れているのか、ということは分からなくなります。
生で聴いて感動を下さった方々の録音も聴きたいと思いますが、なかなかそれは叶いません。
大演奏家も下積み時代があった訳でそれも聴いてみたいですがそれもなかなか叶いません。
演奏の良し悪しを比較するなんて無理だし野暮ということなのでしょう。

ということで、まとめると、このCDの録音はなかなか他にない素晴らしさだと思います。
ファンに限らずこういう限定版を聴き尽くしましょう。

by mcap-cr | 2020-06-19 06:27 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

新しく購入したCD(1)

先日新しく購入したCDを聞いています。
まだ生演奏はさほどやっていないようで、オーディオ装置が音楽の命綱になっています。
先日購入したのは、下記の3組です。

-----------------------------
タイトル:プーランク全作品集<限定盤>
アーティスト:Various Artists
商品価格:¥3,240

タイトル:マルタ・アルゲリッチ~ルガーノ・レコーディングズ 2002-2016<限定盤>
アーティスト:マルタ・アルゲリッチ
商品価格:¥4,166

タイトル:サティ: ピアノ作品集、歌曲集
アーティスト:アルド・チッコリーニ、他
商品価格:¥1,080
-----------------------------
新しく購入したCD(1)_a0246407_18084803.jpg
全部聴き終わるのは当分先のことになると思うので、簡単に紹介します。
本日紹介するのは、下記です。

タイトル:プーランク全作品集<限定盤>
アーティスト:Various Artists
商品価格:¥3,240

このCDは、多くの人にお勧めしたいと思います。
作曲家プーランクの作品で私が知っていたのは『カルメル会修道女の対話』だけでした。
題材も曲も重く、これを演奏するのは他のオペラの何倍も疲れるだろうと思います。
昨年のオフ会でその一部を鳴らしたらある方がピアノ曲のことを教えてくださいました。
それで、ピアノ曲を聴いてみると、全く違うのに戸惑いました。

今回のCDは作品の全集なので、『カルメル会修道女の対話』も、ピアノ曲も収録されています。
気分的には重い作品を聞こうと思わなかったので、このオペラ以外を聴いていました。
が、しかし...
オルガン協奏曲を聴いてみて、それまでに味わったことのない重さを感じました。
この重さ...覚悟しなければ聴けません。
重い題材の作品は、プーランク以外にも多くあります。
たとえば、グノーやフェネロンのFaustなどは重い題材を扱っていますが、どこかしこ光が差していて、ちょっとからかうようなユーモアも感じさせる作品に仕上がっているので、聴き終わったときには重さというより感動となって残ります。
しかし、プーランクは徹底的に重く、決して聴いている側の気持ちが軽くなることを許してはくれません。
22枚のCDですが全部聴き終わるのには1年以上かかるのではないかと思います。

オーディオ的には、録音はなかなかのレベルにあります。
いろいろ集めてまとめただけだと思うので、録音の質にバラツキはあるでしょうが、オルガン協奏曲などは、録音の質も含めて重さを表現します。
私の小さな装置でもこれだけ重いので、ハイエンドクォリティのオーディオルームと装置で聴いたらどんな感じでしょうか?

プーランクの重さに耐えられるならお勧めしたいCDです。
限定版だそうなので、気になった方は是非とも。


by mcap-cr | 2020-06-18 06:31 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

中毒症状が出てきたかも

コロナ禍が続き、首都圏では一進一退なので、引き続き音楽会の自粛が続いています。
リハーサルなどの準備期間がとれなかったり、海外キャストが来られなかったりして、6月の公演も中止になっています。
文化会館の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』も流れてしまいました。
いまのところの希望は、東京音楽コンクールがまだ中止になっていないことです。
一次予選は非公開なので、そこさえ出来てしまえば8月の二次予選はできそうです。
新人演奏家たち、頑張れ。皆の気持ちが届きますように。

そういえば、高校野球が中止になったそうです。
こういうのは、客席空でできそうな気もしますが、いままで儲けてきたカネを放出して無観客試合すればいいだろうにと思います。
嘘の新聞は、いままで儲けてきたカネのストックがないのでしょうかね?
NHKからガッツリ放送料とって儲けなしでやれば予選分のカネも出そうなんですがカネにならないことはしない主義かな?

話はそれましたが、最近はオーディオで音楽を聴くことしかできなくなりました。
しょうがないのでいろいろと聴いてみるのですが、部屋がしょぼいので、大きな音は出せません。
するとダイナミックレンジの大きな録音は、からっきしダメです。
ピアニッシモで聞こえないような音量にしなければ、フォルテッシモが行き過ぎてしまいます。
そうなると超優秀録音は、ほぼダメです。
聞きやすいのは1960年台の優秀録音で、こちらはちょっとダイナミックレンジが狭い分いい感じです。

室内楽ならいいかというとそういう訳ではなく、オーケストラと比べて最大音が低い室内楽であっても、ある程度の音量はあったほうがいいようです。
音楽家なら聞こえない部分を自分の頭の中で補えるでしょうが、素人はそうもいきません。
録音は、何度も聴くことを前提に録音されているようで、噛めば噛むほど味がする食品のような感じです。
しかし、生演奏は、その場の空気も含めて人々の気持ちがいっせいに同じ方向を向くので、音楽に対する酔い方が違います。
録音だけ聴いても好きになれなかった作曲家の作品を、生を聴いて好きになることも普通にあります。
自分の場合、たとえばドボルザークやショパンの良さがあまり好みでなかったのですが、生を聴いてからは全く変わってきました。
ブラームスの室内楽も、録音で聴いていたときと、生で聴いてからは全然捉え方が変わりました。
生で聴きたいのはもう中毒のようです。

はやくコロナ禍が収束しますように。

by mcap-cr | 2020-05-21 06:44 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(2)
コロナ禍で演奏活動中断を余儀なくされている方々がいまは充電中です。
その一部をインターネットにアップしたりひたすら譜面を読み込んだり人それぞれの努力がツィッターからだけでも伝わってきます。

先日は、指揮者の岡本陸さんが、質問に答えます、というツィートをしていたので質問してみました。
他の方からの質問もいろいろありなかなか楽しめました。
ちょっとふざけた質問もあったのですが、そういうのは軽くいなすと、そういうわざを身につけているようです。
岡本さんは、こういう活動の出来ない間に相当譜面を読み込んでいるようです。
こういう機会を無駄にはしない、そういう意気込みが伝わってきました。

その少し後にヴィオラ奏者の有冨萌々子さんも同じように、質問に答えるということをしていました。
こちらはひょっとすると、質問を受けるサービスに登録したらそんなふうに成行きになってしまったかもしれませんが。
有冨さんにも応援メッセージを送りました。
私のメッセージではありませんが、音に対する評価のものがありました。
やっぱり本人が日々考えて最高の音を出せるようにしているそうです。
私のメッセージへの回答ではないのですが、一位になりたいというものがありました。
有冨さんは、先日のアカデミーでは、素晴らしい演奏を聴かせてくれて、いまでも時折記憶に降臨してきます。
その少し後に修行中にウィーンに帰られたようですが、コロナ禍で、活動が制限されてしまったそうです。
あちらも日本と同じような行動制限があるようですが、次のコンクールでは、是非とも一位に輝いてほしいと思います。
私が審査すれば一位間違いなしですが、そういう無粋な素人の評価ではしょうがありません。
立派な先生方に認めてられて次のステップに勧められるよう陰ながら応援しています。

ツィッターでは、他にもいろいろな方々のツィートを読みながら、ときには録音を聴いたりしています。
最近では、奥秋大樹さん(東京音楽コンクールの過去記事)をフォローするようになり彼の今後にも期待するようになりました。
奥秋さんの歌を聴いたのは2018年の二次予選のときでした。
そのときはロシア語の曲目を深々と歌い上げて見事でした。
出番の後偶然にも聴いていた私の隣に来られました。
一言も会話していませんが(おこがましくて出来ない)そういう縁もあったみたいです。
奥秋さんは、東京混声合唱団の一員で活躍していますが、最近はコロナで活動が出来ず気持ちが高まらないかもしれません。
録音にもチャンレンジしていますが、おそらく御殿に住んでいる訳ではないと思うので、ささやくような歌い方しかできません。
広い会場で圧倒的な声量で、というのは得意でしょうが、ささやくような歌唱は、また別なチャレンジのようで、苦労しているようです。
でも、これからは、大会場で圧倒するだけではなく、ささやく歌い方を極めるとプラスになるに違いありません。
ここに書いた皆さんだけでなく、他の方々も、この充電期間を力にして、クラシック音楽界を盛り上げてほしいと期待しています。

by mcap-cr | 2020-05-05 07:18 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

改善の続き

昨日ツィッターを見ていたら、『100万人いると云われる日本のコロナウィルス感染者...』とか『再び緊急事態宣言が延長される...』とか呟いて政府批判をしている人がいました。
どういう人かと云うと、音楽の道ではそれなりの人のようです。
そちらの専門分野のつぶやきは傾聴に値することが多いのですが、そういう人でも根拠のはっきりしない思い込みで大勢の専門家を抱えている政府を批判して、不安を煽り、悪い方向に導いていることに気付かないところがなんとも...
それなりのポジションにいる人は、専門外のことで有害なつぶやきをするということは、自身のキャリアにも影響しかねないのですが、誰かに買収されてるのかしらと思わないでもありません。

昨日の続きです。
オーディオの改善について書いてきましたが、音楽にも似たことがいえるのかもしれません。
改善の続き_a0246407_08331928.png
ここで、『性能』を『完成度』(英語だったらどちらも"performance"で同じですが)、『価格』を『練習を含むコスト』、『投資効率』を『費用対効果』に読み替えてみると同じようなことになるかもしれません。

最初のうちは、練習でどんどん上手になってきますが、それを過ぎると完成度が上がったのかどうか分からない。
ひょっとしたら『あの頃のほうが上手だったかもしれない』と悩んだりするかもしれません。
上手/下手で表現できるのはごく初期段階のはなしで、それを過ぎると、専門家の評価にならざるを得ません。
こういうのが、コンクールの結果と聴衆の反応が必ずしも一致しないという現象に繋がっているのでしょう。
そのレベルになれば、最初は勝負も時の運になるかもしれません。
一度勝つと次も勝ちやすくなるでしょう。

しかし音楽の場合は、寿命のある生身の人間がすることですから、肉体が衰えると、パフォーマンスは確実に下がります。
それでも、後世に影響を与え続けることができれば、永遠の輝きを放つことに他なりません。
工業製品じゃないものを同じように評価するのは難しそうです。

by mcap-cr | 2020-05-03 07:07 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(2)

ゾクゾクする音

オーディオで音楽を聴く場合には、何度も繰り返し聴いてからじわじわと印象が熟成されてくる場合が多いですが、生演奏の場合には、速効で効き目が現れることが多いと思います。

2月にMusic Dialogueのレッスンとファイナルを聴いてから、ブラームスやドヴォルザークの音楽が頭の中を時折往来します。
私の場合、趣味としての音楽の聴き始めはオーディオ装置によるものだったので、繰り返し聴くというスタイルが多いです。
そこで、何度も聴くうちに好きになる、そういうところがオーディオ装置を使うメリットだろうと思います。
ところが、生で聴くことが増えてくると、ちょっと変わってきます。
生の場合、そのコンサートなりが記録物として後で聴ける場合を除くと、基本的には1回きりで終りです。
ですから、全力で聴くことになります。
もちろん全力で聴いても気を散らすのですが、特にゾクゾクする瞬間があります。
自分がゾクゾクするのは、美しい音を聴いたときです。
あまり色付けのない美しい音、解釈を自分に委ねられる音を聴くとゾクゾクが激しくなります。
ブラームスの弦楽六重奏曲を聴いて激しく感じました。

思い出したことがあります。

随分前のことになってしまいましたが、ファウストが聴きたくてパリまでわざわざ行ったときのことでした。
演奏が始まると、自分が予期していたのと違う...
グノーではなくフェネロンの作品でした。
チケットは日本で事前購入していたので、それを二度も聞きました。
結果としては、フェネロンのファウストもまた聴きたいのでいいのですが...
思い出したのはその旅のときのことです。
パリ1箇所だけに滞在したので、毎日ルーブル美術館に行きました。
その中にどうしても立ち止まってしまう一角がありました。
グイド・レーニのコーナーです。
毎日熱心に鑑賞したのは、受胎告知でした。
天使の顔がはっとさせるので気になったのですが、凄みのある表情でした。
どちらかといえば、表情がないのに近い。
何を考えているか分からない恐ろしさ。

隣に、同じくグイド・レーニのゴリアテの首を持つダビデがありました。
神話の題材ですが、こちらのダビデの顔が恐ろしい。
ゾクゾクする音_a0246407_13331711.jpg
撮影自由(いまは分からないが)だったルーブル美術館でフラッシュをたかずに撮影したものから一部を切り取りました。
本当に無表情です。
感情を見せない顔は恐ろしい。

カラヴァッジョの作品で、首を切っているのがありますが、それはあまり恐ろしくありません。
描いたカラヴァッジョの解釈による恐ろしさなのでしょう。
私の解釈は、当然同じ訳がないので、その恐ろしさはあまり感じません。
ちょっと気持ちは悪いですが。

効果を狙ったからといって、その効果がその人にも同じように伝わることはありません。
私が効果を感じるのは、自分がどういう解釈をするのかを迫られる作品です。

音楽の場合も同じで、色付けがなくすっと自然に出てくる音にゾクゾクしてしまいます。
音楽は、物理的には気圧の局部的時間変化です。
その時間変化だけなのに妙に神妙な気持ちになったり明るくなったり感動したり...
これって、考えてみたら自分が勝手にそうなっているだけです。
音楽というマジックに催眠されているとも云えます。
そう考えると、術の効き具合が相手によって違うだけなのでしょう。
自分は最も単細胞で騙しやすい存在なのでしょうけど。

by mcap-cr | 2020-03-07 06:08 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)
またアマゾン詐欺来ました。
前と同じものです。
24時間以内に対応しろってまた同じことが書いてあります(前の記事)。
騙されないよう気をつけましょうね。

新型コロナウィルスの武漢肺炎をマスコミが煽っていますが、マスコミのデマに惑わされるのはやめましょう。
トイレットペーパーとか、原産地がほぼ国内なのにマスコミがそういう情報を流さないから情弱者による買い占めが起こります。
情弱者を煽って日本を混乱させることがマスコミの目的のようですね。
休校要請でマスコミが政権批判に必死ですが、学校の職員は休みじゃないので児童は預かってもらえるそうですが、何を騒いでるんでしょうかね?

結局日本政府方式がベストの選択のようで、フランスも同じ方向に進み始めました。
大騒ぎして医療が崩壊しているK国を真似しろとか、マスコミ自身が情弱者なんでしょうか、それとも意図的に反乱を先導しているのか、後者なら最高刑は死刑なんですけどね。
日本政府が甘いのにつけ込んで悪質ですね。

マスコミの情報なんか無視して、閣僚のツィッターでも読んでいればいいのですが、
そういうことをするとマスコミの価値が全否定されてしまいますね。


このところ、音楽会なども続々と中止になっていますが今月後半以降は、実施されることが増えそうです。
ツィッターで気になっていた藝大同声会新人演奏会を検索したら情報が見付かりました。
4月11日(土)に午後から夜まで二部構成で催されるそうです。
今年は、チケット代が上がって通しで2,000円になりましたが、それでも好きな人にはとってもお徳です。
好きでなければ拷問ですが。

同声会は優秀な卒業生だけが入れるそうで、いうなれば、主席に近い人の発表会です。
どういうレベルの演奏が聴けるのか、藝大アーカイブで聴くことができます。
昨年の様子です。

Twitterで、一部権利が...と微妙な言い回しをしていたので全然聴けないのかと思ったらほとんどはちゃんと聴けました。
出場者が多く、時間がかかるのでよほど好きでないときついですのが問題ですが、やっぱり藝大はすごいな、と思います。



by mcap-cr | 2020-03-03 06:41 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)