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バスレフ研究所 Personal Audio Laboratory mcap.exblog.jp

音楽は生演奏が最高ですが、レコード音楽は、工学オーディオによってリーゾナブルなコストで楽しみましょう。


by MCAP-CR
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<   2020年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

ジャンク(2)

昨日の記事に頂いた、hiro-osawaさんのコメントのとおり、ジャンク品は何らかの理由でジャンク市場に流れてきたものです。
通常商品は、
受注(または受注見込み)→生産→出荷→(卸や小売)→発注者(エンドユーザの場合もある)に販売→エンドユーザに販売
という手順をとります。
製造メーカーが部品として購入する場合には直接購入もあるようですが、通常は、工場から問屋や大規模小売店などを通して一般ユーザの手に渡ります。
しかし、いったん工場を出荷したものの、卸問屋が倒産してしまったり、大口ユーザーがキャンセルした場合などは、商品の行き先が無くなってしまうので、闇市場に流れることもあるでしょう。
また、製造した商品に何かの不具合や不備があれば、ゴミになりますが、賞味期限切れの商品などのように回収業者が横流しするということもあるでしょう。
そういうものの一部がジャンク品として一般ユーザーに流れてきます。
あと、秋月電子のような大口顧客は、そういう商品を大量購入してくれるので、こちらはある程度の数を確保してレギュラー商品のように売っているので便利です。

スピーカーユニットのような商品に賞味期限はなく、事故があっても断線するくらいで済んでしまうのであまり心配することはありません。
その一方、特性も不明なので、見た目で選んで音は『...』ということもふつうにあります。

でもなぜか、『そんなに悪くない(褒めている)』とか『使い方次第でおーけー』ということが多いように感じています。

一方、通常販売されている一般商品の場合は、ある程度の品質が確保されています。
品質というのは、音ではなく、外見だったり、断線検査していたり、ネジの数量が検査されていたり、取説が付いていたりというものです。
性能保証があるかどうかは分かりません(多分殆ど無いでしょう)。
ガレージメーカーで社長と顔見知りだったりすれば音にも注文を付けられるでしょうが、大メーカーやその一部カンパニーに対してはそういうことはできません。

私が感じているジャンク品の特徴(工夫が必要な点)はこんな感じです。
(1)フレームが弱い、ない等、組込み用途が決まっているようである
(2)音はいたってふつうなことが多い
(3)使い方を工夫しなければ、音はどうしようもないこともある。
(4)高級オーディオ用だったようには見えない。

メーカー品はどうかというと、必ずしもジャンクよりいいという訳ではありません。
見た目がいいのは間違いありませんが、木ねじで締め込んだだけでフレームが曲がってしまう高級品もあります。
当たったロットが悪かったのか、とてもオーディオ用には使えない音のものもありました。
そういえば自分は買いませんでしたが、買った人が扱いに困ってしまった高級限定品もあったようです。
音を聞いて耐えられなかったのもありました。
いろいろと過去のことを思い出していくと、メーカー品のハズレにもときどき行き当たるので、最近はそういうものには目が行かなくなったということもあります。

特に最近は、スピーカーユニットを複数使うシステムを手がけるようになったので、これをカタログ商品でやるというのは予算的にはやりにくくなってきました。

まあ、やっぱり捨てられる運命にあったものに命を与えるというのがジャンク品を使う(あるいは販売社側からは『売る』)醍醐味なのかもしれません。

by mcap-cr | 2020-06-30 07:05 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(0)

ジャンク

東京音楽コンクールの一次予選が始まったようです。
文化会館のチラシをみたら二次予選チケットの発売が4月22日と書いてあったので、電話して聞いてみると、いまのところ、販売は中止していて、指定席として販売することを検討しているのだそうです。
毎年楽しみにしているイベントなので、何とか聞かせていただきたいですが、半分しか売らないのであれば、価格が2倍でもしょうがないと思います。
どうなるのでしょうか?
今年も熱い演奏を期待しています。

先日、ある方にジャンクで集めていたユニットをお譲りしました。
あんまり貯めても使い切るのが大変なのでちょうどよいと思いました。
かつてはスピーカーユニットの違いを気にしていましたが、最近は、もう悟ったので、限定品に飛び付いたり、これは買得だと飛びつくことは止めました。
それでもまだ結構余っています。
こういうのは、やっぱり広い家に住んでいないとダメですね。
雀のお宿のような住まいでは、出来ることが限られてしまいます。
そういう意味ではジャンクユニットでおもしろいものを造るというのが自分には向いているようです。

ではジャンクの何がおもしろいのか考えてみました。
(1) 安い→いろいろ惜しげなく試せる
(2) 使い方次第で大化けする
(3) 一般的に価値がないと思うと嬉しい
基本は(1)、(2)なのですが、(3)は、趣味としてありそうな理由です。

他人が興味ないから面白い。
一般に知られだしたらもう興味ない。

これってなかなかコストに対するパフォーマンス比(P/C)が高いです。
面白いものを探す。
見つけたら大当たりですから、これはやめられません。
しかも道楽と云われるほどカネがかかりません。

変な趣味にもそれなりの理由がある訳ですね。

by mcap-cr | 2020-06-29 05:31 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(8)

説得力

昨日ブログ記事を書いたあと、つい居間にあるメインシステムとテレビモニターを使って録画してあったクラシック倶楽部という番組を視聴してしまいました。
聴いたのは、ゴールドベルク変奏曲です。
チェンバロでの演奏、2017年、東京文化会館小ホールでの収録です。
見慣れたステージの様子でした。
どうして普段メインシステムで聴かないかというと居間は騒音の巣窟だからです。
いまは、たまたま妻が実家の手伝いに行っているので、ひとり暮らしです。
ですから、自分以外に騒音源はあまりありません。
たとえば壁を隔てない台所にある食器洗浄機を動かしたりしたら煩くて聴いていられない訳です。
それに、自分の鳴らす音も自分以外には騒音になりますから。

久しぶりにメインシステムを静かな居間で鳴らすと普段との音の違いに今更気付きます。
メインシステムは、励磁型のフルレンジなのですが、社長の趣味でやっているガレージメーカーがコスト度外視で作っているので、こうしたらいいだろうということを何でもやってみた、という感じの製品です。
価格はセットで50万円弱だったので、ん百万か一桁上の製品に使われる部品かそれ以上かもしれないもので、部品としてはハイエンド級です。
実際にハイエンドと云われている製品をバラしてみると大して高価な製品を使っている訳ではないそうです。
ハイエンド製品のコストの大部分は販売経費と開発の人件費ですから、高価な部品なんか使っていられないでしょう。
そもそも小ロットで部品を購入すればものすごく高価になりますから、すぐにハイエンド価格になってしまいます。
それに販売経費を乗せるともう...
そんな音ということもあって、ついそのまま1時間ほど聴いてしまいました。

音もそうなのですが、気付いたのは『顔』という説得ツールです。
演奏者は、普通のフランス人でしたが、やっぱり顔だけですでに説得力があります。
演奏しているときの表情だけで、わざとらしさなしで、深く考えているように見えます。
実際の演奏会の遠い席で聴いていれば関係ありませんが、アップで写してしまうとそういう表情や顔の違いに目が行ってしまいます。
この点日本人は実に不利です。
西洋人にとって日本人の顔からは、考えていることが読み取りにくいという話を聴いたことがあります。
実際の演奏では、必要以上に(自分にそう見えるだけですが)表情を変えてしまう人が多いように見えます。
それは、音楽とは関係ないところのはなしなので、どうでもいいのですが、やっぱり格好いいほうが演奏そのものもよく聞こえてしまいます。
こうした視覚による錯覚は、オーディオ装置の評価とも同じで、目隠ししたら聴き分けできないものでも、ブランドの音の違いとして語られたりします。
ですからブランドとして有名演奏者の演奏だと素晴らしく聞こえてしまったり、見た目が麗しいと実際以上に凄い演奏だと評価してしまうこともありそうです。
私の場合、視覚による錯覚現象に気付いてしまったので、オーディオ装置にブランドは求めないし、演奏者も自分の感性だけで評価できるようになりました。

でもやっぱり見た目に説得力があるほうがいいのかもしれません。
音楽もオーディオも案外似ているのかも。

by mcap-cr | 2020-06-28 06:17 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

文化の違い

コロナ禍で商売上がったりの期間が続きました。
幸いにもその間は仕事の勉強をある程度出来たので、いままで気にしていなかったことが見えるようになってきました。
こういうのは部門の違うエンジニアリング間の文化の違いというところがあります。
私はもともとは産業機械や部品工場設備、無機化学プラントの設計から始めたので、そちらのほうが自分の基本になっています。
若い頃に身につけたものは、ずっと忘れない(と思う)いますが、同じだけのことを歳とってからやろうとすると何倍も時間がかかります。
若い頃柔軟だった思考もだんだん固まってくると新しい考え方を受け入れにくくなるのでしょう。
もちろん、継続して吸収してきた技術はその後の他分野での理解に役立つことは間違いありませんが、それでも若い頃に比べると掘り下げるのが苦手になってきたと思います。

最近は、米国政府の仕事しかやっていませんが、政府の仕事なんか、日本の業者に回ってくるのは、インフラや建物、付帯設備くらいしかありません。
機密を要する内容は、米国のメーカーの専門で、日本メーカーがつけ入る隙きはまったくありません。
むしろそうでなければ機密が外に漏れてしまう訳で、日本国内の米国施設の仕事で機密性がなく、かつ米国から業者を呼んできてやらせるより安上がりな事以外は日本の業者には回ってきません。

最近ようやくありついた仕事の中に、ちょっと機密性のある装置の付帯設備の手直しがありました。
実は2年前まで関わっていた仕事なのですが、そのときは、その機密性の部分はノータッチだったので、純粋に建物と付帯設備のプロジェクトでした。
ですから、どうしてそうなっているのか分からないのに設計図で指定されているからその通りのせざるを得なかったところがありました。
その後、いったん引き渡されたのですが、主役の装置を運転するとどうもうまくいかなかったようです。
それで、手直しをすることになって、最初に建物設備の人が担当してうまくいかなかったので、自分が代りに入るようになったものです。
プロジェクトに入って最初に見ると、選定された空調設備が仕様を満たしていません。
それではまずいので、提言をまとめて提出しました。
どうして仕様を満たさないものが選定されたかというと、建物用の標準空調機を使ったからです。
空調機は、人を寒さや暑さから守るシロモノであって、機械装置を温めたり冷やしたりする目的には設計されていません。
目的に合わせて制御プログラムが組み込まれていて、それをユーザーが勝手に変更する訳にはいかないので、目的に適合させることは不可能です。
ということで、標準空調機からカスタムなエアハンドリングユニット(日本名はよくわからない)に設計変更を提言しました。
相手側も最初は何だろうと不思議そうでしたが説明したらそうせざるを得ないことが解って方向が変わってきました。

こういう違いがなぜ出てくるかというと、文化が違うからです。
生産機械工学や化学機械工学の文化は、基本的にプロセスが主役でそれに合わせてモノを造ります。
建築設備の衛生工学の文化は、制約の中で、建物主体を主体として標準品で付帯設備をつくります。
どちらが難しいとか優れているという問題ではなく文化が全然違うので見ているポイントが違う訳です。

米国政府の最初の失敗は、機械装置の要求仕様を伝えずに建築設備専門家に設計を依頼したことでしょう。
機械設備の部分は機械の専門家から助言を得なければならない内容でした。
こういうところで秘匿事項は書けませんが、結果として文化の違いを理解していないと起こりうることでしょう。

by mcap-cr | 2020-06-27 07:27 | 科学・工学 | Trackback | Comments(0)
昨日、先日購入したプーランクの全集から意を決して歌曲を聴いてみました。
しばらく聴いていてやはりどうしても聴くことができなかったので止めてしまいました。
嫌いなわけではありません。
他の作曲家の作品からはそれまで聴いたことのないような独特な感じがあります。
敢えて云うならば、内なる恐怖のようなものです。
ハリウッドの恐怖映画だったら、作り物のような部分が残っており、恐怖を演出するものですが、プーランクの場合、特定の恐怖がある訳ではなく、なんとなく気味が悪い、落ち着かない、今までに感じたことのない妙な気持ちが襲います。
誤解をおそれずに書くならば、もちろん経験したことはありませんが、自分自身が悪魔になってしまったような、人を殺してしまったような恐怖感とでも云えばいいのでしょうか。
悪魔に殺される恐怖というよりも悪魔になって殺してしまうような心地悪さが襲います。
音楽でこういう感情を伝えてしまう、というか、そういう気持ちにさせてしまうのは、プーランクしか知りません。
他の作曲家の作品もそういう部分はあるのですが、作曲者がどこか俯瞰して見ているような、皮肉を込めているような、劇場向けの演出を感じさせるものだと思います。
プーランクの場合、劇場向けではなく、深層心理の中からジワジワと自分弱さを執拗に突いてくる感じです。
なんか、もう『カルメル会修道女の対話』も聴けなくなりそうです。

少しでも聞くと、ずっと心の中に残ってしまい、真逆の心地良い音楽を聞いても消えてくれません。
ちょっと寝付けなくなって寝酒をしてしまいました。
でも逆に云えば、プーランクの世界に嵌ってしまったとも云えるのかもしれません。
娯楽音楽とはちょっと違う。
これもそれまでとは違うアプローチなのでしょう。
本当に恐ろしい作曲家です。
プーランクを再び聴いてみた..._a0246407_18084803.jpg


by mcap-cr | 2020-06-26 05:49 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(0)

刷り込まれてきた

共同通信が、全部で1600人の組織から300人削減するそうです。
通信社は、メディアにニュースを売って生計を立てています。
メディアが没落している現状で通信者だけが大儲けということはないでしょう。

共同通信は、フェイクニュース連発がいよいよ多くの国民に実態がバレてきましたが、まだまだテレビと新聞しか情報ソースのない人やインターネットを使えても、自分で情報を取りに行かない人が多いのが現状です。
こういう人は、既存のメディアや通信者の支持者になっているので、そのような人が減ってくるとますます通信社の売上が減るでしょう。

以前から物品を販売する事業者の破綻には、見ていて分かる特徴がありました。
『商品の質が下がる』
スーパーなどは、それまで買いたくなるような魚が並んでいたのが、だんだんしょぼくなってくる、小さくなり、古くなり...
こうなると、もうダメです。
商品が小さくなる→売れない→古くなる→ますます売れない→破綻
生物を扱っているスーパーは傾き始めたら一気に破綻まで突っ走りますが、通信社は、まだまだ情報の選別ができない多くの消費者に支えられているので、スーパーほどの高速破綻はないでしょう。
しかし、共同通信の破綻ショーはとっくの昔に始まっていたと考えるほうがいいでしょう。
何しろ商品のニュースがフェイクではお話になりません。
これがバレ始めたところで、スーパーと同様の道をたどります。
(1)フェイクニュースがバレる
→(2)消費者が警戒する
→(3)またバレる
→(4)売れなくなる
→(5)取材費が減る
→(6)取材無しの記事によるフェイクが増える
→(7)またバレる
→(8)フェイク通信社であることが多くの人にシェアされる
→(9)いままで気付かなかった人にも口コミで伝わる
→(10)フェイク新聞社でさえ買わなくなる(または新聞社が破綻する)
→(11)御臨終
いまは上記のステージ(7)くらいでしょう。

そういえば、実家の片付けをしていたときに、昔自分が読んでいたFM雑誌がありました。
その出版元は、共同通信でした。
昔はこんなこともやっていたのでしょうね。
CDの価格がこなれてFMエアチェックの需要が減ったので、FM雑誌は無くなりました。
このずっと昔の変化もいまの状況につながっているのでしょうか?

前置きが長かったですが、ようやく本論に入ります。
30年以上前の雑誌の記事を読んでいたらQ&Aコーナーが見つかりました。
質問には、必ずと言っていい特徴があります。
『予算は...万円です』
古い雑誌ですから、質問者は私と同年代以上が多かったはずです。
当時は、高価な機器のほうが絶対的高性能だと認識されていました。
自分の聴きたい音を実現するためには絶対的な高性能が必要だったわけです。
回答者のほうは、スペック的な情報は回避しながら予算通りか若干高価な機器を推薦します。
何十年もオーディオに接してきて自分が理解したことは、『音は部屋で決まる』ということです。
それ以外の要素もありますが、アナログを除外した一般的な聴き方に限定して云うならば、スピーカーシステムの影響を除くと微々たる変化で、部屋の影響には遠く及ばないでしょう。
こういう雑誌を読み続けると、機器やメーカーに対するイメージが出来てきます。
これが刷り込みというものなのでしょう。

by mcap-cr | 2020-06-25 06:56 | オーディオ一般 | Trackback | Comments(6)

CDDBが...

先日、CDのリッピングで苦戦していることを書きました。
その後は、どのCDでもダメになるので、インターネットで情報を検索してみました。
なんと、Freedbが3月末でサービスを停止、とのことでした。
実際には停止に猶予があって、そのつい先日までは使えていたのでしょう。

今後はMusicBrainzのCDDBを利用することになりそうですが、問題がありました。
まず、Asunderで新しいデータベースを使用するにはパッチファイルをインストールする必要があります。
そこで、パッチを当てようとしたところ、私の使っているFedora3.0では、gtk+のバージョンが低いので構成できません(泣)...

パッチの当たったAsunderが配布されるまで待つか、別なソフトを使うかですが、Asunderが使いやすいこともあり躊躇します。

いろいろなものがフリーで使用できるようになったのはいいことですが、それは、半分趣味で作ってくれている人がいるからです。
そういうボランティアがいなくなるとこのように単に利用しているユーザは右往左往してしまいます。
そういう意味で、自分も役に立つかも知れないものを発信しなければダメなんですよね。

コミュニティは支え合って成立するものであって、乗っかるだけのものではありません。
また、思い知りました。

by mcap-cr | 2020-06-24 06:47 | コンピュータ関連 | Trackback | Comments(0)

雑記

昨日横田基地に行ったらゲートにいるセキュリティの憲兵隊の人がK国の国旗を胸に付けていました。
それを見て、米軍は、いよいよK国から引き揚げる準備をしているのかも...
と考えないでもありませんでした。
K国が米軍の駐留費用を払わないので、これ以上駐留を続けるのが難しいのかもしれません。
そうなると失業軍人が相当数出てしまうのか、一部は日本に異動するか、わかりませんが、もう紅組との間の防波堤になる覚悟を固める必要がある時期にきているのでしょう。

最近は、イージス・アショアの開発が頓挫して配備を中止したという状況があるので、敵地攻撃能力を持たざるを得ないでしょう。
人だって殴ったら殴り返されると思うから簡単に人を襲わないのであって、相手から攻撃されないとわかれば襲う国があるでしょう。
どことは書きませんが。
日本は、自衛隊だけでなく日米安保に守られていたのは確かで、これがなくなれば一気に攻め込んでくると誰しもが予想していると思います。
9条の会のようなカルトを、スパイ行為や外観誘致で摘発できないのは、日本の法整備ができていないということでしょう。
こういったカルト組織やカルト政党は、警官を暴行して気絶させ、火を着けたような連中の後継であることを頭に置いておかなければなりません。
どれだけマスコミがそういう事実を隠しても、ネットで共有しなければ、騙される人は無くなりません。

そういえば、しばらく前に気付きましたが、横田基地の前を通る16号線沿いにあった大きなパチンコ屋が中古車販売業者に変わっていました。
脱税して中毒者を地獄に落とし、アングラの資金源もなっていると云われるパチンコ屋がいまだに無くならないところに闇を感じます。
警察や議員を買収してしまえば三店交換式のギャンブルもできてしまうということは、他にも闇に葬られた犯罪は数知れずでしょう。
そういう闇に葬られるような事案ができないようひとりひとりが監視して情報共有する必要があるでしょう。

『何故か...』ということは無くしていかなければなりません。

by mcap-cr | 2020-06-23 06:44 | 社会科学 | Trackback | Comments(6)

新しく購入したCD(3)

タイトル:サティ: ピアノ作品集、歌曲集
アーティスト:アルド・チッコリーニ、他
商品価格:¥1,080
6枚組で1080円...
いまは買う側にはいい時代になりましたが売る側はつらいかもしれません。
やはり、中抜きのすくない流通法の開拓が必要です。
新しく購入したCD(3)_a0246407_11015603.jpg
自分にとってサティには仕事で辛かったときのことを思い出させるものでもあります。
いっとき半導体工場に仕事に行っていたときがあり、機会の納入が遅れて、現場はひどい目に遭っていました。
そういうのはどこでもありがちですが、とにかく現場が矢面に立ち、その代表は精神が蝕まれるほどにダメージを受けます。
現場の力ではどうになるものでもないのですが、こればかりはどうしようもありません。
自分の疲れが蓄積してくると、月に一度ぐらいしっかり寝たときによけいに疲れを感じるようになります。
休むと余分に疲れを感じるのは、ダメージの知覚力が麻痺してしまっているので、体が危険な状態にあるシグナルです。
とりあえず死なずに良かった...
どうしてサティかと云うと、その工場への電話で、取次時のメロディがサティだったからです。
当時はサティのことは知りませんでしたが、妙な感じの音楽だと思っていました。
サティは、一種独特の雰囲気があって、それがやな感じではなく自分の歪んだ感情がそう感じさせるように思います。

一昨年にサティの生家前まで行けたのですが、当日は閉館中でした。

そんなことを思い出しながらぼんやりとながら聴きで、別なことをする、といったら作品に失礼かもしれませんが、案外、そういう聴き方を想定して作曲されたのかもしれません。
このセットのいいのは、歌曲も収録されているところです。
サティの作品は、同じ主題の使い回しが多いですが、それはそれで独特の味なのでしょう。

プーランクとは真逆を行っている感じで、構えて聴かなくてもじわじわと伝わってきます。
こういう作品は案外録音物として聴くほうが合っているのかもしれません。

by mcap-cr | 2020-06-22 05:46 | 音楽・コンクール | Trackback | Comments(2)
都知事選が始まったので、もういきなり期日前投票に行ってきました。
区役所までは電車を乗り継げばすぐにいけます。
投票日には何が起こって投票にいけなくなるのか分からないので、期日前投票を済ませるほうがいいのかもしれません。
せっかくマイナンバーカードを持っているのだからインターネット投票もできるようにしてほしいと思います。

インターネットを眺めていたら、コロナ禍のお陰で在宅勤務が増えてしまった話題が見つかりました。

自分の生活で変わったことは、
−外に出ることが減ったのとマスクをするようになったので、ヒゲを剃る間隔が延びた
−できるだけ仕事は在宅で行うようになった
大した違いではないですね。

在宅勤務が進んでくるとサボることが許されなくなります。
会社には大抵、他人の邪魔するだけしかできないやつがいます。
他人の邪魔をしておけば存在感を示すことができます。
しかし、在宅勤務になると、そういう邪魔はやりにくくなります。
邪魔するには存在感を示さなければなりませんが、在宅では存在感を示しにくい。
いままで、必要のない仕事を作ってきた人は在宅勤務で不要な存在になっていきます。
逆に能力のある人は1日2時間も働けばあとは好きなことをやっていられるだろうと思います。
仕事には手待ちの状態がありますから、手待ちの状態で詰めていても無駄なことです。
そんな時間には、好きな勉強でもうやっておけばいいでしょう。
会社にいると、能力があってすぐに仕事が終わってしまう人には別な仕事を押し付けられたりします。
しかし、在宅だと暇だかどうだかわからないので、むやみに仕事を押し付けられることはありません。
そもそも押し付けられた仕事だって本当に必要だったのかさえ分かりません。
他人の邪魔に精出していた人は、仕事の成果物が示せないので、不要な存在で、不要な仕事を生み出していただけであることがバレます。
しばらくは、週に1度くらいは皆で顔を合わせるとかいうことがあるでしょうが、それもだんだん無くなってきて、不要な人の存在が浮き彫りになってきます。
人の邪魔しかできない人は、本当に何もできないので、退職勧奨されるでしょう。
そういう人ってベテランに多いような気がします。
入社が早いというだけで先輩風吹かせてやってきた人は受難の時代に入るだろうと思います。

どうして他人の邪魔をするのかと考えてみれば、それが簡単でラクだからです。
自分が仕事を処理する担当になれば職務遂行能力が必要です。
職務遂行能力も、単純作業であれば比較的早く身につくでしょうが、総合的な能力を要するものは、簡単にはいきません。
かつては勤続が長いだけで、能力が追いつかないままになんとなく上がってしまった人もいることでしょう。
そうなると出来ることはクビにならないことを祈りながら静かに余生を過ごすか、積極的に存在感を示すか、ということになりますが、後者の手法として邪魔することを選んだらもう今後はダメでしょう。

社会が合理的な方向へ変わるということは冷たい現実でもあります。
仕事は要らないものを削れば結構少ない人数でまわるものですが、必要以上にリソースがあったところは、気の毒なことになりそうです。

by mcap-cr | 2020-06-21 06:06 | 社会科学 | Trackback | Comments(4)